僕は得意先回りを中断し、傘をちょっと持ち上げ辺りを見回した。 　道路の反対側。ほの暗い世界の中に黄色い回転灯が見えた。大きなビルの入口、二枚の自動ドアの向こう側に喫茶店らしき白く光る看板。あそこで涼んでいこう。リフレッシュは大事。こちらが鬱陶しい顔なんてしていたら、取れる仕事も取れなくなる。 　横断歩道を渡り、ビルへ近づく。二枚の自動ドアが開くと、スッと空気が吹き抜け纏わりついていた湿気も一緒に流されていく。喫茶店に入るとさらに空気はヒンヤリした。エアコンがしっかり効いていて気分が晴れる。 　店内はテーブル席ばかり、全て二人掛けだった。歩道側のテーブルは五席。一番奥の席に同じようなスーツの男性が座っていた。向かいは壁一面が長椅子になっていて、恰幅のいいおじさんが新聞を広げてくつろいでいる。ゆったりとしたクラッシックが流れる店内。期間限定のかき氷のポスターと、アイスコーヒーのポスターがカウンター内に貼ってある。どことなく懐かしい雰囲気を漂わせる店内。レジ横のショーケースには、一口サイズのタルトやキラキラ美味しそうな見た目のケーキもあった。 　でも、僕は甘ったるいのが得意じゃない。 　昔はそうでもなかった。寧ろ大好きだったくらい。綿菓子、クリーム、キャンディ。チョコレートはミルクチョコレート。僕は三兄弟の末っ子で上には一回り離れた兄と、十五歳離れた姉がいる。自分で言うのもなんだけど、有川(ありかわ)家では大層可愛らしい存在だったみたいだ。ひとり年の離れた僕を、両親はもちろんのこと、姉達も可愛がってくれた。姉はとくに「みっくんは甘いの大好きだからね」とよく仕事帰りにお土産とケーキを買ってくれたし、大喜びする僕の頭をいつも撫でてくれた。 　得意じゃなくなってしまったのは、いったいいつからだっけ。 「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」 　テーブル席に着いて、いつものようにアイスコーヒーをオーダーした。注文を繰り返す店員に会釈し、持ってきてくれた水を飲む。一息ついてネクタイを緩めた。また出る時にちゃんと締め直せばいい。第一ボタンもついでに外す。 　ほどなくアイスコーヒーが運ばれてきた。細長いグラスに濃いダークブラウン。氷の部分が琥珀色に輝いて綺麗だ。ストローをグラスへ落としチューッと吸い上げると、キンと冷えたコーヒーはキリリと苦い。口内や喉がスッキリする。