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奪われて

 信じられないけど、佐原の攻めは朝方まで続いた。最後は正常位の体勢になり、なぜか抱き合っていた。手や足は泥のように重く怠いのに、僕は必死で佐原の体にしがみついてたんだ。「俺のことを好きになれよ」突き上げられながらの命令。佐原の傲慢さは、すごく僕を惹きつけた。  佐原は(はた)から見て自信家で傲慢なタイプだった。成績も常にトップ。実力が伴っているからある意味説得力があった。成績がかんばしくない者をからかったりイジメるような発言は聞いたことがない。誰に対してもフラットな態度でサッパリしていて、女子社員からもかなりモテていたと思う。王子というよりワイルド系で、地味な僕とは違う人種。男を感じさせるその魅力は女性でなくとも憧れてしまう。  同期とはいえ、朝礼の時くらいしか僕らが言葉を交わす機会はなかった。でも今思えば、定時ギリギリで会社へ戻ってきた時、コンビニのおにぎりやサンドイッチを差し入れしてくれたのはいつも佐原だった。残業確定で余裕のない僕は、あまり深く考えもせず「さすが人気者は違うな」なんて、ただ有難いくらいにしか思ってなかったし、同期を労うその余裕を羨ましくも思っていた。  翌日、目を覚ますと、佐原は悪びれるでもなく明るい調子で当然のように言った。 「ここに越してこいよ。一緒に暮らそう」  理解できなかった。百歩譲って、佐原がそういう趣味だったのはいいとしてだ。酔っていた僕を部屋に連れ込み、既成事実を作ったからといって、誰が「うん」と言うのだろう。  こういう事になったからって佐原を嫌いになったわけじゃない。佐原への好感は変わっていないけど、いや、むしろ僕には逆立ちしたって到底敵わないだろう潔さと男感はかっこいいとすら思ったけど……。  だからって、そういう意味ですぐ好きになるなんてあり得ない。二十六年生きてきて、同性を恋愛対象として見たことなど一度もない。だから僕は「そんなの無理だ」と答えた。  佐原は諦めなかった。翌週も「話をするだけだから」と言って飲みに誘われた。今日は酒に飲まれるようなヘマはしない。一軒で帰る。という意思を見せた僕に佐原は了承したように見えた。  店から出たらその日も雨が降っていた。タクシーを拾おうと手を上げると、反対の手を佐原に引っ張られる。店と店の間の細くて暗い路地。そこへ連れ込まれ、雨の降り注ぐ中、冷たく硬い壁に押さえつけられてキスをした。  サーッと聞こえる雨の音の中で、二人の吐息が響く。  佐原の唇も舌も熱くて、そのキスはすごく情熱的だった。  前回のことを思い出させるキス。肌に当たる雨と肌をつたっていく雫の道。髪も、スーツも冷たい雨に濡れ、佐原の熱した吐息を感じた。身体をまさぐる手が張り付くシャツを引き抜き肌を愛撫する。 「好きなんだ」  唇を合わせたまま囁く甘く低い声。酔っているわけでもないのに、それでも僕は呪文にかけられてしまう。  結局二人でタクシーに乗り、そのまま佐原のアパートへ行った。抱きしめられながら、囁かれる呪文は「好き」から「愛してる」に変化していた。  触れられる肌の感触も、降りかかる情熱的な言葉たちも、体内へ送り込まれる快感も、全てが僕を震わせ、すべてを奪っていく。どっぷり浸って、ぐっしょり濡れて、佐原だけになる。  他の誰にも無理だ。この全てを僕へ与えるのは彼だけ。  そう思えば一層、僕は甘い快楽に満たされた。佐原の首に腕を回し、彼の唇や舌を求めた。彼を全身で感じ、彼に全てを捧げたくなった。

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