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決別
そして僕は……彼女との時間に物足りなさを感じてしまうようになった。
与えるのは自分であり、味わうのは僕じゃなく彼女だったから。
その鬱憤を晴らそうとしたのか、それとも自分を戒めようとしたのか、僕は意地になった。
佐原に対抗するわけじゃなかったけど、自分が受けた快楽を彼女にもと柄にもなく頑張った。無理してると自分でも感じた。彼女は喜んでくれたけど、やっぱり対抗心があったのか、「こんなもんじゃなかった」と思ってる自分がいる。
社内で佐原の顔を見る度にあの夜を思い出した。
話しかけたくなる。彼の声、手、唇、温もりが恋しくて堪らなくなった。でも、欲望に任せまた味わってしまえば、今度こそ戻れない。もう、泥酔していたという言い訳も、彼のせいにもできない。生まれて初めて、焦がれるという感覚を存分に味わわされた。
僕は佐原を避けるようになった。顔を見ればその場から逃げ出した。
最後の夜もやっぱり雨が降っていた。
得意先を接待した日の夜だった。自分のアパートへ戻ると、佐原が待っていた。全身しっとりと濡れ、傘はどこにも見当たらなかった。
近づいてきた佐原の表情は苦しげで、いつものサバサバした雰囲気はない。
「お前は俺といる方が素でいられるだろ?」
素かどうかなんて自分でもわからない。でも、五年過ごした彼女と一緒にいる自分は無理しているのは明白だった。僕の五年間を全部否定し、なんでもお見通しなその言葉が、悔しくてしかたがない。
グッと奥歯を噛み締める。
玄関の前、至近距離で見つめ合っていると、アパートの住人が階段を登ってくる足音がした。
「俺を選べよ」
佐原はその音を気にする素振りもなく決断を迫った。力強い眼差し、ストレートな言葉。直ぐにその唇に吸い付きたい欲に駆られる。僕は唾液と一緒に餓えた欲を飲み込み、あんなにも激しい愛情を向け注ぎ与えてきた彼がなにより一番傷つくだろう言葉を投げつけた。
「嫌だ。僕の人生を壊さないでくれ」
佐原は何か言いたげな眼差しで僕を凝視した。でも、何も言わずクルリと踵を返し、静かに階段を降りて行った。まるでらしくない。彼の背中は僕の背中そのものだった。
佐原はただの同僚へ戻った。僕も、もちろん同僚以上の接触はしない。当たり前のこと。自分から佐原をはねのけたんだから。
同僚へ戻ってしまえば特に関わる機会もない。
仕事は営業だから外回りが中心。佐原もだ。得意先も回る地域も違う。外でバッティングすることもほぼ無かった。こんなにも無い物かとビックリしてしまう程だ。
もう飲み会があっても佐原が絡んでくることも、二次会に誘ってくることも無くなった。佐原の両隣には他の同僚達や女性が陣取っている。
明るくサバサバしていて自信家で、女性にも男にだってモテる佐原。あの夜とは違う。これこそが本当の佐原のあるべき姿なんだ。
そして、僕のあるべき姿は結衣の隣で彼女に安心を与えること。目の前の見えないレールに乗ること。そこから落ちないように進むだけ。
こんな雨の日はなおのこと、滑ってしまわないように慎重にならないと……。
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