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その時、地上は。
ーーー今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。
野山に混じりて竹を取りつつ、
よろづのことに使ひけり。
名をば讃岐の造となむ言ひける。
その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。
あやしがりて、
寄りて見るに、筒の中光りたり。ーーー
「ほぉ、懐かしいのぉ。」
「えぇ、桃李が中学生の頃の教科書が見えて。
つい、口ずさんでしまいました。」
天塚桃李が、天界 高天原へ経った数日後
祖母は、彼が使っていた部屋に座り佇んでいた。
ここで、幾日も繰り返された
掛け替えのない愛おしい日々。
ここで、眠り、目を覚まし、勉学に励み、
友人と遊んでいたこの部屋に
もう彼が戻ってくることは無い。
ふと、佇む内に手持ち無沙汰になり
押入れに空気を入れようと、戸を開ける。
その下、隅の方に段ボールにしまわれた
教科書やファイルが見えた。
手に取り、はらりとページを捲ると現れたのは、「竹取物語」の文字。
-ばーちゃん、おれちゃんと覚えたから聞いて!-
-はいはい、どうぞ?-
学校で、暗記する様に先生に言われたそうで
まだ、あどけなさの残る桃李が自慢気に台所へと駆けてきた。
-教科書、持っててね!
おれ、全部すらすら言えるんだから。-
-はいはい、じゃあテストしなきゃね?-
大切で、愛おしい神聖な神の子。
だが、彼女が神の子を預かったのはこの子が初めてでは無かった。
それは、今となっては昔の話。
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「この子が仙桃妃様で、
何れ天界へお帰りになる事が分かっていても。
この子が、我が子の様に守り育ててきたこの子が、
わたしの腕から居なくなる日が来るなんて
考えるだけでも、胸が痛くて堪りません。」
「そうだなぁ、僕も惜しい。
この子は全く目に入れても痛くないんだから。」
うんうん、と頷く男は翁(おきな)と呼ばれていた。
その隣で、切なそうに顔を顰めている女性が嫗(おうな)。
「この子には四人の龍の殿方が待っているんだ。 流石、別嬪さんだからなぁ桃妃様は。」
「天帝様の子ですからね。」
またもや、うんうんと頷く翁。
彼らはそれから数年後、
愛して止まない仙桃妃は
己の役目を知り、自らの意思で選び天界へと、帰っていった。
それが、昔。
地上を穢れで覆った人と、
穢れを祓い清めた天帝との約束だった。
その時、天帝は仰り、人々は誓ったのだ。
【あなた方を護った
四龍の宝珠を守り育てなさい。
地上の命を尊びなさい。
そして、地上の全てを愛しなさい。】
それでも、我が子の様に育てた子が居ない日々はとてつもなく寂しく、虚しく、尊い日を思い起こさせた。
そんな時だった、翁が物語を書いてみてはどうか、と言ってきたのは。
「君は、賢く暖かい言葉を沢山知っている。
僕は何時も君の言葉に救われているからね、どうかな?」
「物語をですか、?」
「そうだよ。
なんと言っても、天帝や四人の殿方、
そして桃妃様がいる。
こんなに摩訶不思議な世界の中心に君はいるんだ。きっと、琵琶法師にも、和尚様にも語れない愛が溢れて止まない素敵な話が書けるさ。」
そう説得されて、
嫗は慣れない物語を書いてみた。
気が付けば夢中で、筆を走らせていた。
愛おしい桃妃様、勇ましい四人の龍、
そして、偉大なる天帝との約束を、
あの手この手で想像を膨らませ、書いた。
そうして、出来た物語が
まさか後世まで渡り語り継がれるとは、この時には思いもしなかった。
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