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第23話
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「...名をば、なよ竹のかぐや姫とつけつ。」
「憶えていらしたんですねぇ。」
幾年月過ぎて、すっかり皺くちゃになってしまった指先で
桃李の教科書をなぞる。
「お前が書いたものを、
わしが忘れるわけが無いだろう?
そもそも、書いてみてはと勧めたのはわしじゃろうて。」
ふふ、と微笑んで見せる嫗。
彼女はまた、愛おしい新たな桃妃を送り出したが今、その表情に寂しさはあれど、
虚しさは無く、尊い日を思い返し愛おしむ余裕が生まれた。
「あの時はご心配をお掛けしました、
"竹取の翁様"。」
「おぉ、どういたしまして。」
和やかな空気が二人の間に流れる。
そこへ、玄関から大きな呼び声が掛かった。
「お、来たな。」
「えぇ、骨董屋の源さん夫婦ですかね。」
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「ぉおおーい、天塚さん!居るかい!」
大声を掛けながら、ガラガラと人様の家の玄関を開ける。
基本的に、田舎の玄関は鍵がかかっていない。
おーい、と呼びながら玄関を開けるのが基本の挨拶だ。戸を叩いてガチャガチャ鳴らすなぞ不粋で勢い余って壊してしまっても困るので、
結局はこれが一番良いのだ。
兎も角、何故だか
年寄りにインターホンは聞こえにくい。
家のが鳴ったかと思えば、
テレビドラマの刑事が鳴らすインターホンだった事が多過ぎるほどある。
それから少し待てば、
家主が声に気付き迎えてくれる。
この神社の神主であり、
仙桃妃を守り育てている夫婦。
「はいはい、居ますよ源さん。」
「お上りなさい源さん、そろそろ来る頃だと思ったよ。」
お邪魔します、と声を掛け居間へと通される。
コトリ、と氷の入った麦茶が置かれ、微かに流れる風がカリンと気持ち良く風鈴を鳴らした。
嗚呼、と一息吐いて麦茶を飲む。
「この黄金の輝きも、茶の一服に勝るものかな。」
「源さん、それは豊臣秀吉の言葉か?」
「ははっ、しがない骨董屋にも風情くらい分かりますよ!」
二人の男は笑い合い、二人の女は微笑み合う。
彼らは、今とかつて一人の子の祖父母だったのだから。
「あの子が、ウチに来ました。」
蝉と風鈴と葉の揺れる音しかしない時に
静かに天塚の祖母だった人が言う。
「えぇ、親孝行をするんだと言って、
一番高い物をくれと言うんで、これを選んでやりました。」
かつて、ほんの3年程桃李の祖父だった人が
手に持っていた風呂敷を広げ
箱の中から湯呑みを取り出した。
「桜染めの茶器と、湯呑みです。」
「ほぉ。」
現れたのは、一見薄桃の様で
よく見れば紅の混じった目に鮮やかな桜色をしていた。
「これは、良い品ですね。」
「えぇ、せっかく稼いだ金を殆どコイツに注ぎ込んで行きました。
幾らでも値引いてやるつもりだったんですが、
あんな瞳に見つめられちゃ、無下にも出来ませんで。」
かつて祖父だった骨董屋の源さんが言う。
その妻も話を継いだ。
「意志の強さは、美智子さんそっくりです。」
「それで、泣き虫なのは浩介さん似ですね。」
答えたのは、天塚神社の桃李の祖母だった。
二人の祖母は微笑み合い、茶器を見つめる。
それだけで、込み上げる沢山の記憶や想いは
通じるものがあるのだ。
「茶器とは別に、硝子の桃の簪を。
これは、俺が作っりました。
あの子にかこつけて、俺もあんたらに何か贈るべきだと思ったんです。
気休めですが幸運の呪い付きです。」
それから、と続け源さんは言う。
「あの子からの、伝言を預かってます。
たった一言だけですが"ありがとう"と伝えてくれと。」
「不器用な子ですね。」
天塚神社の祖母が言う。
3歳から育てて来た身としては、
もう少し気の利いた言葉を期待していたのだが
驚く程に短い別れの挨拶だった。
「なんじゃ、わしのせいか?」
「なんで俺を見るんだ?」
きっと、精一杯に想いを込めた一言なのだろう事は
二人の祖母は勿論、気付いていた。
その一言が聞けただけで、もう存分に愛おしいのだ。
だが、この不器用さには奥歯に物が挟まった様な、痛いほどの心当たりがある。
二人の祖母はそれぞれ横に座る夫を
じっとりと見遣る。
桃李のこの不器用な所は、
間違いなく、この夫たちによるものだろう。
「三つ子の魂百までと言いますし。」
「それに、狸じじいと言ってあの子はムキになっていましたし。」
ギクリと、二人の祖父の肩が揺れる。
誰が見ていなくともお天道様は見ている。
何より、自分が良く良く知っているものだ。
二人の祖父たちも自分たちが不器用な事くらい、大いに心当たりがあるのだ。
「な、なぁ源さん!
冷たいビールでも飲まんかのぉ!」
「ぉお、向こうの縁側をお借りしてもいいですか!天塚さんの庭は立派ですからなっ、!」
あははは、と乾いた笑い方で二人はそそくさと
居間を出て行った。
「こう言う所ですよねぇ。」
「ねぇ。」
クスクスと、可笑しそうに笑う二人の祖母は微笑む。
こうして、徐々に慣れていくのだと思う。
愛おしい子が、役目を果たす為旅立った
静かになった家で、
ご近所さんとお喋りをして、日々を過ごしいくのだと思う。
竹取物語の様に、
不老不死を繰り返す二人にとって、
今目の前にいる人々と送る日々でさえも、
かけがえの無いものなのだから。
「あの子は今頃、何をしているのでしょうね。」
「きっと、元気ですよ。」
女の勘は、当たるのだ。
況してや、この二人には力がある。
きっと、そうに違いない。
もう二度と会えなくとも、
あの子はきっと元気でやっていると、願い続けるのが親なのだ。
「そう言えば、桃李の中学校の文集を見つけたんです。ご覧になりませんか?」
「ええ、勿論!」
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