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第26話

「宿題です桃李さん。」 「... ...ぇ。」 「これを、明後日までに徹底して身に付けるようにと義栄様からお預かりしました。」 パサリと、目の前のテーブルに置かれた書類。 その右上を留めているのは、ホッチキスの針。 表紙には、タイトルが付いていた。 「マル秘 白珠国マニュアル 仙桃妃用」 "随分と現世仕様だな、おい。" 神の住む天界 高天原と言えば、 古き良き和歌を送り合い雅(みやび)のこれを楽しむ所謂、和だと思っていた桃李だが ここに来て、やはり文明開花は 天も地も進んでいると思い知ったのだ。 「義栄は?」 「今夜も、遅くまでお仕事だそうですよ。」 桃李のお披露目式から3日が経ち、 あれからおはよう、と おやすみのキスをする以外は 全くと行って良いほど 義栄と顔を合わせていない。 桃李も、桃妃宮から出る暇さえなく 鈴と一緒に宮へ贈られてきた品々を開け、 飾り付けや片付けの作業に追われていた。 勿論、初夜はまだ。 嫁に来て3日もお手つき無しのまま、とは あまり外聞が良くないのではないかと心配する桃李を他所に、鈴が言ってのける。 「心配要りませんよ、桃李さん。 四龍は、宝珠である貴方こそが至宝。 そこに、誰がとやかく言ってお二人を蔑ろにする者はいません。 それに、麒麟が着いている人に楯突く馬鹿はいません。」 「へ?」 「麒麟は、出世と吉兆の徴なんです。 貴方を蔑ろにするという事は、 私と友康、麒麟と四龍を敵に回すと言う事なんですよ。」 鮮やかにドスの効いた腹黒い笑顔、と 言うものを見た気がした。 「それで、コレ何?」 「義栄様が作られた、この国のかなり個人的なマニュアルのようでした。」 ページを開くよう促され、 その1ページ目をひらり、とめくってみる。 「その一、男との会話や肌の接触は禁止する。 その二、男との握手も禁止。目も合わせず、笑いかけるな。 その三、常にヒジャヴを身に付ける事...? ちょっと、コレなんだよ、!」 正に超個人的なマニュアルだった。 目に見えて明らかな嫉妬の男対策マニュアル。 「愛されてますね、桃李さん。」 「これさ、愛想笑いもダメって事?」 「ダメです。」 そんな風に笑いあった日の午後だった。 桃李が、国内議会場に招集された。 議会場とは、国内トップの有力者が集まり 法や政を取り決める重要な場であり、 限られた者しか、入室できないその部屋に 天塚桃李は呼び出された。 「貴方はこの度行われた、先日の式典にてこの国の戒律を破られましたな。 只今より御身を投獄致しまして、 我らが王を誑かした罪を受けて戴こう。」 「なにを...ッ、!」 鈴が、背後で低く唸る声がした。 「投獄って、何だょ...」 自分の口から出た声は、自分の知った声では無いような上擦った、怯えた声が出る。 目の前の、一番高い席に座るあの男は、 この天界では5人、 この白珠の国では唯一の夫では無かったのか。 冷たく、怒りに溢れたような瞳で 四龍 白虎の名を継ぐ 誇り高き正義の龍は 妻である筈の桃李を見下ろしている。 「義栄...おい、義栄!話をさせてくれ、義栄っ、!」 そのまま義栄は一言も発する事は無かった。 自分より力も身長もある女性によって、 桃李は囲まれ引き摺られる様にして牢獄へと連行された。 長い廊下や、階段や、床の絨毯を見詰めながら茫然自失の意味を知った。 「ぎ、えぃ、」 ◯◯◯◯◯◯◯◯ 地下牢や牢屋と言うものは、 想像したよりずっと立派な造りだった。 一応、平和と安寧の象徴である仙桃妃への配慮が窺える程度には、充分なひとり部屋だった。 「ワンルーム、ドアには格子付きってか。」 ダブルサイズ程のベッドと、柔く大きな絨毯、クローゼットに鏡台、ふかふかのソファー、そして簡易的なキッチンなどなど。どう見ても、桃李の為に用意された様な牢屋だった。 「幽閉でもする気か、至れり尽くだねぇ。」 そう呟いて、途端ハッとした。 桃李があの披露目式で口付けてから まだ3日しか経ってない。 そんな短期間で、こんな一軒家を昨日今日で用意できる筈が無い事のだ。 何もかもが新しく、木の心地良い匂いまでするこの部屋は、桃妃宮から更に奥まった山に小屋の様にして立っている。 つまり、儀式としてあの場で口付ける事を見越した上で用意された牢屋という事になる。 だが、あの口付けは 仙桃妃の力を見せる為のもの。 それが何時もの習わしだと鈴が言っていた。 それに今更いちゃもんを付け、 こうして牢屋まで用意していたと言うことは 桃李の閃いた答えは、 やはりその通りなのだろう。 「ハメられた...のか。」 骨身に染みてきた茫然自失の四文字を噛みしめていると、カタッと小さな音がして、 ドアの下の小さな小窓が開いた。 「な、んの用だ!」 小窓は口も利かず、食材を載せたカゴだけを桃李に見せつけ置いていった。 玉ねぎ、卵2個、鶏肉、長ネギ それと、見覚えのある調味料。 「ダイショーの塩こしょう。」 なんで、と思いっきり間抜けな声が出た。 神話の世界 高天原で 何故、プラスティックケースの調味料が出てくるのか訳が分からない。 間抜けな声が出たら、 次は面白すぎて 腹を抱えて笑い転げてしまった。 この牢屋の外に見張りは居ない。 桃李を放り込むと、女性たちは 早々に去って行ってしまった。 普通のドアの外に、格子状に組んだ木材のドアが追加で取り付けられているのだ。 この部屋から出られないだろうと タカをくくっているのだろう。 有り難く、腹を捩って笑い転げてみる。 「そういえば、 鈴がバスロマン持ってた、な...って、ぁあ!」 桃李は思い出し様慌てて、 カゴを引ったくり何か入ってないかと探る。 何も入ってなかったが、 パカリと開く塩こしょうのフタの中に 極々小さなメモが入っていた。 "大丈夫、私と義栄様がきっと助けます。鈴" 「こ、んなとこに入れるかフツー。 よく分かったわ、おれ。」 分かりにくいメモは無事に見つかった。 それに、桃李の心配事が一つ減った。 このメモが本当なら、 義栄はこの罠を知っていたと言うことになる。 桃李を罠にハメて何を企んでいるかは分からないが、裏があることを義栄が知っているなら 一先ずは安心して良い。 俄かにあるだけの、 今までの仙桃妃の記憶がそう教えてくれる。 白虎は、 罪を犯したものや罰則に厳しい生きものだ。 誇り高い正義を持ち、 常に正しく自他にも厳しく在ろうとする。 それが、義栄の魂。 「きっと、大丈夫だ。」 離れに囚われ、 只待つだけの身では何も出来ないが とにかく桃李に出来ることが 今、目の前にある。 小さなメモは、食器棚の皿の下に隠して ざっ、と勢い良くカゴを持ち立ち上がる。 「さぁ、チャーハン作るか!」 胸にあるチクリと刺さる痛みは、 とりあえず無視。 「マリンルージュで愛されて...大黒埠頭で...」 口ずさんでみたのは、有名な愛の歌。 やはり、痛いものは痛いらしい。 "投獄"の二文字が時折 桃李の頭の中を掠めて、通り過ぎていく。 「逢いに行かなくちゃ... 儚い夢と愛の谷間で暴れたい」

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