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第27話

「桃李さん、元気そうでしたよ。」 「そうか。」 ボソリ、と呟く声に普段の ニヤリと笑うような覇気は無い。 ただ喪失感を紛らわせるように、 奥歯を噛み締めている。 桃李が監禁されたのは、桃妃宮の裏の更に奥。森のすぐそばだった。 幸いそこに見張りはおらず、 はめ殺しの木枠扉の下に受け渡し口が有った。 そこから、こっそりと食料を差し入れたが 誰かに見られる訳には行かず、 手早く立ち去らざるをえなかった。 メモを忍ばせはしたが桃李は気付いただろか、と鈴は想いを馳せる。 「それで、どう言うことか 説明してくださいますか義栄様。」 有無を言わせず、こちらに何の準備もさせず あのような小屋に監禁された桃李の代わりに 二人きりの義栄の執務室で 厳しく鈴が詰め寄っていた。 そこへ、コンコンと扉を叩く音がした。 義栄が左手を上げ 鈴へ口を閉じるように促した。 「誰だ。」 扉の向こうで男が名乗り、義栄が入れと言う。 重厚な白とシルバーの彫金細工の扉が開き、 外から現れたのはこの城の主、唯一の側近 常秋(じょうしゅう) 「遅いぞ。」 「申し訳ありません。 ですが例の件、我々の推測通りで間違いないと確証が取れました。 既に、首謀者とその手下も数名ですが 目星がついています。」 「やはりアイツらだったか。」 クソッ、と忌々しい表情で義栄は机の上の書類を睨みつけたかと思えば、激しい音で拳を振り下ろし紙の束を叩き付ける。 「義栄様、"やはり"と言う事は今回の監禁の首謀者にめぼしい者が居ると言う事ですか?」 「あぁ、残念だが この国も一枚岩じゃねぇって事だ。」 「叛逆(はんぎゃく)ですか。」 口にするのも憚られる二文字を、 鈴は躊躇いもなく言ってのける。 国土と国力の源とも言える存在を、 監禁という行為で辱めてまで 成し遂げたい目的が有るとすれば、それは? 「目的は何だ。 オレの失脚か、金か、地位か?」 「はい。奴らの目的は恐らく出世でしょう。 後宮の創設を目論んでいると 証言する者がおりましたし、 この首謀者は、 わたしが知る限り義栄様へ何度も見合いを取り計らう様言われました。 勿論、お断りさせて頂きましたが。」 「...そいう事ですか。」 「あぁ、アイツらは所謂 "摂関政治"がやりたいんだろう。 王と自分たちの娘をくっ付けて、 その娘が子を成せば時期国王の祖父として 政治へアレコレ出しゃばれるアレだ。」 ここ高天原にいる者は皆、 神や仙や仏と呼ばれるようなモノから小さな精霊と呼ばれるようなモノまで八百万のモノが存在する。 その中で白珠(はくじ)の国民の殆どは、十二支より由来する申と酉の血を引く者で占めている。 勿論全てが元来人であった者ばかりでは無く、獣や虫その魂の宿命によって、 この白珠で主に人型となり暮らしている。 それは、この地を収める四龍も例外では無い。 西に在ってこそ力を発揮し、より良く治められるものが白虎の名を冠する義栄なのだ。 そして酉と、申の宿命に生まれた者たちが、 風水や陰陽に示されるようにこの西の地であるべくして暮している。 だが、神も仙も虫も獣も無欲では無い。 この首謀者も、人の形をとれる程のチカラを持ちながら、十二分な出世欲はあるらしい。 「龍の子を孕もうとは、大層なヤツらだ。」 「今回の仙桃妃様が男と言う点も、 この件を後押ししているようです。」 「はぁ...神の国にあって 女しか孕めない訳が無いだろう。 そもそもあいつは、天帝と仙桃のチカラを受け、オレら四龍の宝珠で創られたんだぞ? そんな奴に、敵うと思ってるのか。」 クッ、と腹の黒い馬鹿を見るような瞳で笑う。 そこに民を愛する心はあっても、 妻を私利私欲のために監禁するような下衆に 注ぐべき愛は砂一粒ほども無い。 腹立たしく不快な気持ちで壁の時計を見やる。 この後、桃李の処分を巡る議会が開かれる。 「策は練った。頼むぞ鈴、常秋。」 ◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ 森が近いせいか、虫たちが鳴く声が聞こえる。 幸い部屋の中は適温で、 蒸し暑くも極めて寒い訳でも無い。 やや硬めのマットレスだが、 なんと言ってもダブルサイズだ。 両手も足も存分に伸ばして、 大の字で寝られる。 小さな窓からは、月も見えるし 扉に格子がハマっている状態だとしても、 これで投獄されていると言う事態は中々無い。 なんてリッチな受刑者なんだ。 桃李は今朝渡された書類を思い出していた。 「マル秘 白珠国マニュアル おれ用」 ぱらりと一通りめくって見ただけだが その中には確かに、人前でキスをする事は犯罪だと書いてあった筈。 だがアレはあくまで、 儀式的な要素がありなんとか許容範囲では無いのだろうかと思わなくもなかった。 それに、あの時起きたのは ブーイングでも悲鳴でも罵声でもなく ひたすらに大きな歓声だったと記憶している。 それなのに、 あの時のキスは大罪にあたると言う。 正直、訳がわからなかった。 「何か、意味がある筈。 義栄は宗教は無いって言ってたから あれは風習だった筈なんだ。 それでおれを監禁したって事は、人質役。 おれを利用して脅せるとしたら義栄だけだ 。 でも、目的は何だ。」 まだここに来て、1週間も満たない身。 この国の内情がどんなものか殆ど知らない。 ましてや、監禁された状況では外との連絡手段すらない。 「フツーは、金か権力ってところか。 もしかして、貧しい土地が有るのか。 それでおれはやっぱり人質になったのか?」 考えを口に出しては、整理していく。 だが誰も意見をくれないままで、 思考はやがて行き止まる。 結局、いくらこの状況を整理しても 外で何か起きているか分からなければ戦いようもないのだ。 アレから、 ドアの受け渡し口は一向に開いてくれない。 この分では、 もう朝まで誰も来る事は無いだろう。 一人で喋り続けるのは、 意外と難しいという事を知った。 一応、脱出計画は練ってみたのだ。 せっかく外に見張りは居ないようだから、 やれる事はやろうと思った。 出られそうなのは、目の前の木枠の扉一枚。 窓はあるが小さく、 天窓なのでどうしても手が届かない。 木枠を組んであるが、 その間には勿論板が嵌めてあった。 「監禁してるくせに、 包丁置いとくってフツー無いよな?」 だが、包丁がある。 木枠に嵌った板くらい外せるだろう。 見たところ、木枠に薄い溝を掘って板は嵌められていた。いい仕事するなぁ、と思いながら 監禁には向かない作りだけどな、と 変に冷静な所で考えてしまう。 それから、何かのテレビで見た脱出方法を実行すればいい。 「綿棒よし、布切れよし、多分準備よし。」 これで、木枠の格子も破れる筈。 きちんと、準備までしたのだが 一向に試す気力がやってこないのだ。 こんな所で、ひとり閉じ込められているのは ゾッとするほど怖く背筋が寒い。 外は月明かりのみの真夜中辺りだろうが、 眠る気になんてなれなかった。 脱出計画は、入念にシミュレーションしたので 代わりに、 昔の懐かしい記憶を思い出していた。 あれもまた、 眠れない夜に祖母が教えてくれた事だった。 ◯◯◯◯◯◯◯◯ 「桃李、眠れないの?」 「うん、なんかここが重たい。」 そう言って、幼い桃李は自分の胸元を小さな右手で押さえて示した。 「...胸が重たいのね?」 「うん...なんかわるいことがおきるの?」 祖母の一瞬の沈黙に桃李の胸は更に不安で、 重たい胸が更に重たい気持ちになった。 だが、次の瞬間には祖母は何時もの ふんわりした表情を浮かべて笑っていた。 「そうだ、おうたを歌わない桃李? 楽しくて、軽くなるかも知れないね!」 「いいよ!」 そう言って、祖母が教えてくれたのは 優しい子守歌だった。 ねむれ ねむれ やさしいこ ねむれ ねむれ いとしいこ かわいい あなたが つちとあそんで みずと およいで かぜと かける さむい ときには あたたかい ひにかこまれて きれいな きんのかざりを つくりましょう ねむれ ねむれ やさしいこ ねむれ ねむれ いとしいこ おきたら あなたは だれにもまけない つよいこ ◯◯◯◯◯◯◯◯ 「誰にも 負けない 強い子... ...」 教わった子守歌は信じられない程、 穏やかな眠気とともに桃李を眠りへと誘い その身はコトリとベットへ倒れた。 すると、ふわりとその足先を 薄桃色の風がゆるく吹き、 降りていた足をベットへそっと横たえてた。 ◯◯◯◯◯◯◯◯ 「な、にッ!?」 同じ頃ガタン、と執務室の椅子を倒して 義栄が立ち上がった。 「何かありましたか」 議会の最中、時折入る沈黙と罵声を遮るように 義栄が突如立ち上がった。 声を掛けた常秋の耳にも目にも何かしらの異常事態は見受けられないず、 すると、四龍にのみ察せられる気配と 変化という事になる。 それはつまり、白珠宮の奥に位置する桃妃宮の更に奥に現在監禁されている 仙桃妃様 天塚桃李に関する緊急事態を示している。 「桃李様ですか、」 「あぁ、今すぐ麒麟を呼べ。 桃李が仙桃妃が目覚めるぞ、!」 「直ちに、」 顔を強張らせた常秋は、 バサリと眼前に広げた書類を放り投げ 麒麟の片割れである鈴を呼びに駆けて行った。 桃李の気配の変化を感じ取った義栄も、 やはり緊迫した表情を見せている。 彼の気配が分かるのは、この世界で四人だけ。 どんなに離れていようと、それは分かるのだ。 今頃、他の国にいる兄弟にも桃李の変化は伝わっている筈だ。 「議会は一時中断だ。 貴様らが監禁している仙桃妃がこの瞬間、 緊急事態に陥った。 彼に何かあればお前らが否定しようが、 傲ろうがその腐った所業よく覚えておけよ。」 そう言い放つ義栄の眼光は、鋭く鍛えられた刃の様に鋭く覇気を纏っていた。 そこに、何か言葉を発せられるものは ただのひとりも居やしなかった。

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