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第29話

今度目が覚めた時には、 義栄に側に居て欲しい。 まどろみの中 まだ目は閉じたままでそう思う。 今、目を開ければこの穏やかな夢は終わり 甘い声も、甘いこの空気も只の夢で終わってしまう。 そうして現れる現実はきっと、 過酷で、寂しく苦しい事を知っている。 それでも、もう一度目を開けて 愛おしいあの瞳が見たい。 その為に、おれが出来る事はーーー。 「ん...義、栄...」 強く強く夢の中で願った。 愛しい者へ応えたい一心で、 この幸せが夢で終わってしまわぬ様に。 昨日燃え盛る炎を消した あの雄雄しい虎を想像した時の様に 強く願った。 ◯◯◯◯◯◯◯◯ 「みぃ。」 たっぷり3秒待って、異様な程リアルな声と その近さに気が付いた。 ガバッと布団を剥ぎ取って起き上がり 目に入ったのは衝撃的過ぎる夢の後の現実。 「な、ンだ...と、!」 桃李の枕元、右上から聞こえた小さな声は そこに居る小さな生き物が発していた。 「みぃ。」 もう一度、嬉しそうに鳴くその子は 義栄と同じ猫のように丸いシルバーの瞳を持ち 真っ白でふわふわ、もこもこ手の平サイズの小さい虎の姿をしていた。 「お前、おれのせいで虎になったのか、!? 鈴、鈴居るか、なぁ大変だ...義栄が子虎に、」 「違いますよ桃李さん。」 「え...うそ?」 たっぷり3秒は思考停止する脳みそ。 "違いますよ桃李さん"と、鈴が言うのだから 取り敢えず間違いは無いだろう。 だが、桃李は実際に昨日自分が願うと風や土や木が自在に形を変えていくのを目にしてしまっている。 数分前、自分があの優しいまどろみの中で何を夢見て、考え、願ったか桃李は知っている。 「義栄の銀色の瞳が見たいって願ったんだ。 それで、耳元で何か鳴くから何かと思って起きてみたらコイツが座ってたんだよ。 ...なぁ、コイツ本当に義栄じゃないよな?」 「オレがなんだって?」 「ひ...ッ、!」 人間誰しも、やましい事があると率直なまでに態度に出てしまうものだ。 奥から現れた張本人を目にして、 軽く悲鳴をあげてしまった。 「何だ。」 あからさまに機嫌が悪くなった義栄だが、 そういえば桃李は昨夜、彼の部屋に招かれ 彼のベッドで思うままにに乱れ愛されると、 そのまま眠ってしまったのだ。 この部屋に義栄がいる事に何の不思議も無い。 そうなると、 いよいよ不思議なのはこの子虎の存在だ。 「みぃ、!」 「ぁ、あっ、痛...こら乗って来るな、!」 本物の白虎の登場に もこもこの子虎が逃げるように桃李の腹から肩へとよじ登る。 その足は、若干短足でぽてぽてと覚束ない足取りだが爪だけはしっかりと立てて、 桃李の肌を齧っていく。 「あぁ、生まれたのか。 よくやったな姫、立派な雄だぞソイツ。」 どうにかこうにか、一生懸命よじ登ってきた子虎が落ちそうになるのを 変な風に腕を曲げて支える桃李に、 義栄が衝撃的な爆弾を放り投げた。 「何つった、の...今?」 「立派な雄だぞ、」 「その前!」 「よくやったな。」 「違う、もっと前、!」 「何だ」 「違う、行き過ぎ...いいや、さっきの"おれが生んだ"って本当?」 イマイチ会話が成り立たない夫婦だと 別室に引っ込んだ鈴は思ってしまった。 だが、片や神と元人間。 文字通り住む世界が違うもの同士がこうしているのだから これもまた、必然だ。 「うゃー!」 子虎はまるで、猫のように鳴く。 「まだ小さいが白い虎はオレの象徴で分身だ。 それがお前に懐いてるという事は、 当然、お前が生んだんだろうよ。」 "確かめてみるか?"と義栄がニヤリと唇を上げていう。 「ちょ、え、...ふ、ふン...んっン」 ズシリと重く義栄の体重がかかり、 あっという間にベッドへ押し倒された。 肩によじ登っていた子はとうに居ない。 一目散にどこかへ逃げてしまったようだ。 代わりに熱い吐息に唇を奪われてしまった。 舌が絡んで、上顎を分厚い舌が愛撫する。 深くなる口付けは、次第に腹の辺りをもぞりとさせ"気"を蓄積していく。 「いいか、腹から指先まで 細い糸を通す様に考えろ、想像するんだ。」 「は、ふ...ン、うぁ」 腹を義栄の手のひらが這い、意識させられる。 その手は桃李の左手を滑り、やがて人差し指へと辿り着く。 「ココに、"気"を溜めろ。 そしたら、コイツに少し食わせる。」 「みっ」 何時の間にやら逃げ出した筈の子虎が、 義栄の言う通り桃李の指先まで来ていた。 そして、ぱくりとその小さな口に"気"が溜まっている指を食まれた。 「う、ぉ...」 歯も生えない子虎の口が、一生懸命に桃李の指から"気"をこくこくと飲み干していく。 すると、白い子虎の身体が ふわりと薄桃色の光に包まれ 手の平サイズだった筈の子虎が 見る間に大きくなっていく。 その内ズシンとベッドが沈み込み、 気が付くと子虎は全長2メートル程の 立派な体躯になっていた。 「グルル...」 まるで、ジーニーの魔法だ。 あっという間に小さくなったり 大きくなったりする。 そのチカラの源は、 桃李が胎内で作る薄桃色の"気"。 「コイツの虹彩を見てみろ。」 身体が大きくなった子虎に"こっちにおいで"と桃李が手招いてみる。 するとスリ寄ってきたその子は、 やはり猫科の子虎らしく甘えてみせる。 「いい子...こっち向いて。」 子虎のアゴをゴシゴシと撫でると、 気持ち良さそうにグルルと鳴く。 その子の虹彩には、 桃李の薄桃色が宿っていた。 「でも瞳は、義栄の色だ。」 「あぁ。オレとお前の子で間違いないな。」 「"オレとお前の子"...」 コレは確かに間違いようの無い事実。 この白珠国でシルバーを瞳に宿す者は、 義栄のみであり 仙桃妃の薄桃色を持つ者も、桃李只一人。 「これは、お前がオレを想った徴(しるし)だ。」 「ぇ。」 スルリと頭が引き寄せられ、口付けられる。 見つめる瞳は愛おしい気に細められ、 あのよく通る甘い声で言う。 「オレたちの宝、 龍の宝珠が何だか知ってるか姫? オレたち龍が唯一執着して離さないその宝は、龍の願いを一つだけ叶えるチカラがある。」 かぷり、と喉元を甘噛みされ義栄の 分厚い舌と薄い唇が這う。 「オレの込めた願いが分かるか、姫。」 「ン...ふ、ふく、ぅ。」 「オレの願いが分かるか?」 甘い、切望する様な声が桃李の鼓膜を叩く。 傲慢に腰を抱き、 唇を犯す男が唯一執着して 叶えたい程の願いとは、何か。 それを四龍の宝珠である、 桃李本人が 本人も知らぬ間に無意識のうちに知っている。 仙桃妃としての役割とチカラを今までも ほぼ無意識うちに桃李は操り、 神経のあらゆる感覚を冴え渡らせていた。 すぅっ、と鼻孔を擽ぐる義栄の"気"にも 桃李にしか感じられない 義栄の震えるほどの歓びが含まれている。 それは昨夜、二人で蕩けるようなセックスをした時から発せられていたが、 隣で寝そべる子虎が生まれて 更に歓びの匂いが増した様に思える。 それはもう、かつてない程。 「子供...が欲しかった、?」 「笑うか。」 「バーカ。笑ってるのは義栄だろ、 そんなにこの子がいるのが嬉しい?」 互いの目を見つめながらする口付けは、 どこか擽ったい気持ちと "幸せ"の二文字で埋め尽くされている。 「オレの妻だろ分かれよ?」 「分かってるよ。」 横暴な台詞も、そんな甘い表情で紡がれては迫力なんて微塵も無い。 龍が伝説でその鉤爪や首に下げて持つ 唯一無二の宝、その名を"龍の宝珠"と言う。 それは彼ら龍の願いを叶えるとされる 希少で、唯一無二の秘宝。 それが、この偉大なる高天原と地上を護る四龍にとっては天塚桃李たった一人が、 四龍つまり四人分の宝珠なのだと義栄が言う。 桃李だけが唯一 永らく生きる彼らの切なる願いを現実に描き出すチカラを持っている。 更には天帝により授かった仙桃のチカラもある。 「流石オレの妻だ。」 「どういたしまして、旦那様。」 義栄に強く腰を抱かれながら 更に自分からも ぎゅう、とその首に抱きついた。 「名前考えないとな。」 「あぁ、楽しみが増えたな姫。 だが先にお前を監禁したヤツらを片付けよう。 ついでに、ソイツも連れてな。」 「この子も?」 「あぁ、アイツらはおれに摂関政治を持ちかけようとしていた。 女を侍らせ子を設けさせたら、 次は自分が出しゃばり最終的には 実権まで握ろうと企んでいたようだ。」 言いながら桃李の瞼や、額に口付けを落とす。 「...だが、オレの唯一の望みをお前がこうして叶えてくれたおかげで、 口煩い言うジジイや馬鹿共連中まで 黙らせる切り札が出来たかも知れん。」 ところで、と義栄が別の話題を切り出した。 「オレの子を孕む夢はどうだったンだ?」 ニヤリ、と何時もの調子で 意地の悪い唇が上がっていく。 「な...ッ!?」 あのゆったりとした、まどろみの中で 義栄の為に何か出来ることはないか考えた。 そうして出た結論が、何故子虎を生むことだったのかは分からないが 桃李の直感がそうだと言った。 それで、目を覚ますと隣でシルバーの瞳をした子虎が鳴いていた。 「夢は、見てないっ!」 「嘘だな。」 「見てないっ、!」 「みぃ、!」 ハハッと笑う義栄の表情が、とても楽しそう。 桃李と子虎の頭をわしゃっ、と撫で微笑んだ。 「仲がいいなお前たち。」 「義栄もお父さんなんだから、仲良くしなよ。」 「あぁ、分かってる。」

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