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第30話

遡る事数時間前。 それは、森に建てられた監禁小屋で 火事が起きる数時間前の事。 悪人面を浮かべた面々は、 女より細く如何にも非力そうな腕と魅力の無い身体を持つ龍の唯一とされてきた妃・仙桃妃を監禁する事に成功した。 「無力なヤツは憐れよのぉ。」 蓄えたあご髭を撫で付けながら男は言う。 「女よりも細く骨の様な身体だ。 ましてやあれで男なのでは、 それは義栄様も勃つモノも勃たぬわ。」 「あれは成人なのか、まるで子供だぞ。」 各々、口にするのは 数十年振りにやって来た仙桃妃の話題。 何を隠そう、子を産めない男の仙桃妃に成り代わり、次の王となる子を自分達の身内を使い孕ませようと言うのだ。 そうなれば彼らの地位は確立されるだろう。 いくら王でも、 王位を継ぐ我が子の身内は殺せまい。 「法を変え、抑圧された民を解放するのだ。 このまま我らが何の功績も栄誉も残せず只、 時に埋れていく事は 正にこの国の損失である!我らに権力を!」 これは、議会場地下にある 資料保管庫で密かに行われて来た 仙桃妃監禁・実権獲得の為の集会。 一向に代替わりしない国王に対抗し、 一向に意識改革を行わない 一部の義院による叛逆。 それらを一度に叶えられるのが、 この資料保管庫に眠る地上の記録から探し出した"摂関政治"という仕組みだった。 もし子を孕めなくとも、 既成事実さえ有れば良いのだ。 妻がありながら他の女を抱いた事を口実に 現王を引き摺り下ろす事も出来る。 「今こそ、我らの完璧な地位を築くのだ!」 「ぉおおーッ!」 集った男達は雄々しく、猛る。 その時だった。 ここに居るはずのない、 王唯一の側近の男の声が聞こえてきたのは。 「聞きしに勝る無能っぷりだ。 あなた、悪巧みがお好きですね議会長殿?」 だが、柱の影から姿を現したのは 彼一人ではなかった。 「あなたも隅に置けない方のようですなぁ。 女連れで、こんなむさ苦しい所へ来て ナニをご所望かね常秋殿?」 髭で隠れてはいても、 その口元や目や卑しく歪んでいるのが分かる。 しかし、常秋はおくびにも出さず 余裕の表情(カオ)でニッコリと笑って見せた。 「それは彼女に失礼ですよ。 いくら議会長様でもご存知ありませんか。 この方は仙桃妃様付きの女中ではありません。 麒麟のおひとりで、 こちらの女性は...あぁ、良かった。 そのお顔から察するに "麒麟"に関する知識はお持ちの様ですね。」 「ま、さか...!?」 「麒麟の片割れ、鈴と申します。」 ふわりと微笑みながら頷く鈴だが、 次の瞬間ギリーッと鈴の瞳が怒りを放つ。 あっと言う間に、 グワッと硬い風が男どもを襲い叩きのめした。 「ぐ、は...ッ、」 霊獣・麒麟とは 優れた頭脳を持ち、虫も踏まず、 草花も折らない程に優しい霊獣で 彼らは気に入ったモノを見付けると それらに寄り添い、 その高貴なチカラを貸し守り続ける。 そんな彼らは吉兆の徴とされている。 その姿を見た現世の者は、 後世にまで名を轟かせる武将や軍師へと成長させた事もある。 何も、麒麟の加護により彼らの功績は人ならざるチカラを得ていたのだ。 それ程までに守り愛しむ彼ら麒麟の 大切なモノにこの男たちは手を出したのだ。 鳳凰や霊亀、龍と並び 世界を守る四霊のひとりの怒りを買ったのだ。 こう言う時に言う言葉がある。 「あーあ、バチが当たりましたね。」 常秋の放った言葉に、 吹っ飛んで転がった男達はそのままズルズルと 無様に出口へ向かって尻を引きずらせる。 「因みに麒麟のもう一人と仙桃妃様は、 現世で唯一無二の親友だったと聞いています。 そうですよね、鈴さん?」 「えぇ...私たち麒麟にとって、彼は胸の甘く溶けるように愛おしい存在なのですよ。」 「これは少し妬けますね、議会長殿?」 ひぃ、と槍玉に挙げられた議会長殿の情け無い声をあげる。 「その愛おしい私たちの彼に手を出した罰、 歯を食いしばって耐えなさい。」 突然、鈴の周りポゥッと黄色のふわふわとした光が浮かび上がった。 それは悪人面の男達の足元へゆっくりと染み込み、やがてそのままふわりと消えた。 「は、はは...、笑わせるな女ァ! 何も起きないじゃないか! 麒麟なんか怖くもありま、せーーーぅ、わぁあああ!」 しかし、消えた光は地面に染み込み、 そこに敷き詰められた堅く強固なレンガの造りを根本から変えてしまった。 彼らが今、立っている... いいや、引き摺り込まれている地面は 鈴の染み込ませたチカラにより 砂地獄と変化したのだ。 ひとり、ふたり次々と 強面の男達が砂に引き摺り込まれて行く中 議会長だけが他の男を足で踏み付け、 押し退けながら我先にと出口へと転げながら向かっていた。 「常秋様、アレは貴方に譲ります。 貴方が捕らえて拘束した方が 義栄様の株も上がり、ますます彼の愛らしく可憐に恥じらう姿が盗み見られる筈ですから。」 「はィ...え、?」 「退け、くそっ、クソぉおお、!」 醜い罵声を浴びせ、部下を躊躇なく砂に蹴落とし呑み込ませる馬鹿な男より 余程気になる発言を 隣の美しい女性から聞いた気がした側近常秋。 「早く。」 「あ、あぁ、そうだな。」 思わず敬語も忘れてしまう程、衝撃的だった。 美しいモノは隠せというこの国で 女性は大切に家庭の中でのみ、 その心身を曝け出す事が許される。 それ以外の場でも、 常に女性は尊重すべき存在なのだが。 常秋はたった今、あろう事かその女性に 手柄を放って渡されたのだ。 それは、熱烈にこの国の王の妻・仙桃妃様を 想っての事だったが その様に女性の心身から溢れる、 少々露わになりすぎな想いを真近で見る事など この国では殆どと言って良いほど無い。 なんと例えたら良いものか。 常秋は不思議な感覚に揺り動かされた。 言うなれば、急に二人の仲を詰められた様な 妙に胸の熱くなる気配を 自分の身の内に感じてしまった。 「これは、何という名前の罪だろう。」 いいや、公衆の面前で 口付けを交わすのも厳しい所だ。 宗教や罰は無いが、風習というものはある。 何故なら、この国の男は一部を除いて皆、 賢い者は多いが、 しかし美しいものに一際弱いのだ。 そして、隣に立つ女性は強く直向きに美しい。 罪になる前の胸の熱さに暫し酔いしれた後、 砂地獄を止めた鈴の手も借りて すっかり伸び切った 悪人面の男達を次々に無心で縛り上げる。 「これで、一件落着ですね。」 「えぇ、ありがとうございました鈴殿。」 「いいえ、これで桃李さんが安心して眠れます。良い事づくめですね常秋様。」 「えぇ、ですが鈴殿。失礼を承知で申し上げますが、あなたもヒジャヴを纏われた方が宜しいかと進言致します。」 ふわり、と鈴が小首を傾げ 何故と問うように常秋を見つめる。 その姿の可憐さを恐らく本人だけが知らない。 無自覚なものほど罪なものはないと痛感した。 その可憐さに惑わされ、 ひとりの男が必死で心にムチを打ち 鋼の剣を突き刺し様な気分で 必死に心を律していると言うのに。 「"美しいものは隠せ"と言うのが、わが国でのルールです。どうか、その可憐さで憐れな男が現れてしまわぬ様ご配慮ください。」 神獣 麒麟に敬意を払い厳かに進言する。 一体誰の事を言っているのかと 自分でも腹の中で思う。 その可憐な頰に、 僅かに朱が差していた様に見えたが いかんせんこの議会書類保管庫は地下にある。 僅かに灯された灯りが きっと、そう見えるのだろう。 「あなたは紳士ですね、常秋様。」 そう言って鈴は、またふわりと微笑んだ。 それから二人は別れて義栄の執務室へ向かう事になった。 常秋はそのまま、報告へ。 鈴は顔と髪を隠す為のヒジャヴを取りに桃妃宮へ。 部下へ保管庫の監視を任せ、主人の執務室へと続く廊下を足早に歩く常秋。 その胸はまだほの温かい熱が冷め切らずに、 困惑と、知り得る全ての罪の名前を考えながら歩いている。 「妻であり妹であるのだから、俺の付け入る隙は無いな、」 敢えて名前は口に出さなかった。 だが、妻であり妹でもあるその2つの顔を持つ女性はそう多くはない。 それに、夫であり兄である存在が "彼女"には居るという事を 余計に実感させられただけだ。 久々に覚えた胸の熱さは、 歳の割には青臭く、気恥ずかしくもあったが やはり何時味わっても良い気持ちだと常秋は思う。 「俺も、結婚するか。」 何千年と、主人に仕える内に そう言う感情とは暫く疎遠になっていた。 そもそも言い寄ってくる女は皆、権力狙いだ。 「よぉ、常秋!」 ふと、顔を上げた常秋は誰かに呼ばれ はたりと立ち止まる。 視界に入ってきた人は常秋の数少ない友人。 「ウィム、久しぶりに見たなぁ。」 憲兵一の豪腕で、槍の名手。 本名はウィサームだが、 本人もそう呼ぶのを面倒くさがり 今ではウィムの方が名前よりも浸透している。 「今度、飲みに行こう常秋。 お前の都合のいい時で良いから!」 「あぁ、今度な。」 そう容易い口約束をして、 足早にウィサームは横を通り過ぎて行った。 あの気安い親しみ深い彼とは 遠い昔の刹那のひと時、 事故の様な口付けをした事を常秋は、 その後ろ姿を見つめながら思い出していた。 何故、今更あんな事を思い出すのか。 「飢えてるのか、?」

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