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第31話

「お前らが今回の首謀者か。」 それから一晩が過ぎ、 捕らえて見張らせていた議会長に水を掛けて叩き起こし、一応の身なりを整えさせた後 王の御前に座らせる事に成功した。 「みっ!」 「ぁ、こら静かに。」 そこには、桃李と白銀の小さな子虎まで参加していた。用意されたのは、義栄の隣の席と子虎用の小さな柵付きのベッド。 その場の誰もが正直に思った。 髭面の男より、細く美しい仙桃妃と、 義栄そっくりの毛並みと瞳を持つ子虎の和やかな様を眺めていたいと。 始めニカブで全身を覆った桃李は、 一体何者かと言うような視線を集めていた。 鼻や口まで覆ってしまうそれは、 一目見ただけでは誰なのか分からないのだ。 勿論、義栄にたっぷりと抱かれた桃李の瞳は 薄桃色ではなくシルバーに輝いているが それより先に、腕に抱いていた子虎の色から 正体が知れ渡ってしまった。 そして、口々に聞こえてきたのは 2人を歓迎する声。 「あの子は義栄様の御子か。 なんと美しいんだ。」 「仙桃妃様も、まるで本物の銀の様な瞳だ。」 「桃妃様、瞳だけでもお美しいわ。」 そのちやほや感は、義栄が痺れを切らして 常秋に激しい咳払いをさせるまで続いた。 「お前らが今回の首謀者か。」 やがて始まった裁判は、時折子虎の鳴き声が皆を和ませながら比較的順調に進み、 罪状と刑期が言い渡された。 「議会って意外と、あっさり終わるんだね。」 「不服か?」 あれから桃妃宮には戻っていない。 議会を終え、その足で義栄の部屋のベッドに座って桃李がボソリと呟く。 「濡れ衣着せられて、監禁されて、 火事で死にかけたけど、こうして生きてるし チカラも使える様になった。 ...それに、チカラが使えなきゃ この子も生まれなかったかも知れない。」 「あぁ、そうだな。」 悪人面の面々は反逆、誘拐・監禁の罪で 向こう千年牢獄に入れられる事になった。 その間も厳しい監視と罰が与えられると言う。 それから親玉である議会長には さらに二千年追加して、三千年の服役と 議会長解任と、 二度と城には近づかせないと言う事になった。 しかし、桃李が気になっているのは 刑期の長さや厳しさでは無い。 ここは天界であり、地上ではないのだから 正直言って、千年二千年の罪が重いのかどうかさえ桃李には比べようが無く 刑罰の詳しい内容も知らないが、 下された判決に異議は無い。 それでも、気になる事が1つだけ。 モヤモヤと胸の中を漂って 部屋の空気か胃が ひたすらに重い様な気になるのだ。 「何か食うか?」 ふと、そう声を掛けて来た義栄の言葉尻に 微かな違和感を覚えた。 彼にしては、妙に語尾が不安定なのだ。 その僅かな差が桃李の耳をざわつかせる。 まるで、玄関のドアを開ける音だけで 夫の浮気に気付く聡い妻の様だが、 笑える事にその勘は高確率で当たる。 「義栄、何か隠してるだろ。」 ぐっ、と何かを堪える様に 彼の表情が強張った。 「"妻の勘はよく当たる"ってばーちゃんが言ってた。お墨付きだぜ義栄。」 やがて諦めた様に義栄は右手を上げ、 桃李の言い募る口を塞ぐ事に成功した。 しかし、本当に何か食べさせたかった様で 皮が綺麗に剥かれ皿に山盛りに飾られた葡萄を運ばせて来た。 「巨峰好きだろ?」 その美味しさは、実に伝えきれない程 口中に溢れ、滴る程の甘さと果汁は胃の重さも忘れさせる程に桃李の気分を良くした。 義栄は膝の上に桃李を座らせた、 桃李の膝上で眠る子虎ごと抱き寄せると、 淡々と説明し始めた。 「隅々まで調べさせた。 信頼出来る少数のヤツらだけで。 結果、放火の証明は出来なかったそうだ。」 「うん。」 「何らかのチカラを持つ者の仕業かと調べてみたが、今回の企みを謀ったヤツらの中に そういうヤツは居なかった。 アイツらもそこだけは明確に否定した。」 「うん。」 あの部屋は、監禁場所としては居心地良く 用意されていたし 本気で監禁するなら先ずは拘束する筈なのだ。 ましてや、 台所や包丁など用意する必要すら無い。 つまりは、本当に "ちょっと閉じ込めたかった"だけなのだろう。 「じゃあ火事は偶然?」 「それが、そうとも言えない。」 「...心当たりがあるとしたら、おれか。」 不安気な桃李の膝の上では、 子虎がのびのびと眠っている。 薄く灰色のしま模様が入ったお腹を これでもかと二人に見せ、眠っている。 擽ぐろうが、撫でようが目を覚まさないのだ。 妙な所で寝ていたり、 変な格好で寝ている事もある。 なんと言っても、遊んだ格好そのままで 眠っていたりするのだから 今日はまだ大人しく眠っている方で 起きる気配は全く無い。 残念な事に、巨峰の瑞々しさを味わわせるのは また今度になりそうだ。 「麒麟を呼んだのには、訳があった。」 「友康の事?」 「あぁ。お前に限らずチカラに目覚める者は、 何時何時と定まっていない。 不意に目覚める事が多い。 そして、その時の大半に何かが起きる。 前の仙桃妃は 桃妃宮を丸ごと1つ潰したそうだ。 オレの所じゃ無かったから詳しくは知らんが チカラに目覚めた時、 そこだけ派手な地震を起こしたらしい。」 「助かったのか、?」 「あぁ。麒麟が仙桃妃の身体に気を流し込み、少々手荒に抑え込んだ。 オレ達ではチカラに立ち向かう事は出来ても、 抑え込むことは出来ない。」 神獣 麒麟だけが持ち合わせるチカラの1つ。 「それが今回は、必要無かったって事? おれ別に友康から"気"が入ってきた感じなかったけど。」 「オレのお陰だろ。」 「痛ッ、!」 ピシッと義栄の人差し指が桃李の額を弾いた。 反射的顔を上げ、文句を言おうとしたがそのデコピンの痛みで思い出した。 そうだ。 あの火事の時、誰よりも早く真っ先に駆け付けてくれたのはこの男だった。 "姫、!無事か、姫!" あんなに切迫詰まった様な焦った彼の声を、 初めて聞いた。 あの時、慌てるなと言い桃李を落ち着かせようとしてくれた。 パニックになった自分を叱り飛ばし、 この命を救ってくれた。 "死にたいのか! さっさと火を消すように願え、桃李" この傲慢の様な男が、 必死で自分を守ってくれたのだ。 「お前が気に止むことは無い。 止める手立ても策も用意してあった。 只、予想出来なかったのは その時、オレが側に付いていてやれなかった事だけだ。」 淡々と語る声はどこか温かみを帯びていた。 それから、ぽんと頭に優しい手が乗ってきた。 「お前は何も気に止むな。」 黙りこくる桃李にかまわず、言葉を続ける。 「火事がお前のチカラで起こったとしても、 それはもう起きた事だ。 ならば、チカラを操る術を知れ桃李。 お前はオレの妻だ。 お前には出来る、そうだろ?」 涙が、溢れるのが分かった。 「イ、ヤだ...」 「ん?」 「絶対、自分のチカラ...使い、こなす!」 涙は溢れなかった。 あの時の恐怖も、 腹立たしさも意地で捩じ伏せた。 代わりに口から出たのは ウスラトンカチと言われそうなセリフ。 「ハッ、お前顔に似合わず負けず嫌いだなぁ!」 ガバッと顔を上げた桃李が見たのは、 ニヤニヤと口角を上げ思い切り笑う義栄の顔。 「みぃ!」 それから、何時の間にか目を覚ました子虎が 膝元で元気に鳴いた。 ぐっすり眠ってエネルギーチャージ出来たのだろう。ご機嫌な様子だ。 「それで? 他にも言いたい事があるんじゃないのか。」 子虎を義栄がわしわしと撫でながら 桃李の話の先を促す。 そうなんだ、と呟いて 桃李は義栄の胸元に手を突き囁く様に お願いした。 「なぁ義栄、おれと付き合って。」

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