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第33話

「嗚呼...なんと痛ましい姿だ。」 グルルと言葉の端に獣特有の喉を鳴らしながら 肢体と同じ真っ黒な翼を生やした 粗野な虎がしみじみと呟く。 暗く陰鬱としたカビ臭い鉄格子の嵌った部屋に これから先、二千年はここから出られないという男が牢獄へと収容された。 ドサッと倒れ込んだ硬い床で ズタボロの毛布だけが男の体を包み込む。 そこへ黒翼の虎が優しく声を掛けた。 「可哀想に、疲れた顔をしているな。」 「ヒッ、誰だぁ!」 「お前は可哀想な子だ。 我はお主を知っておるぞ。 民の為を思い家臣の為に反旗を翻した男だ。 そうだろう? だがお前は阻まれこの様な粗末で下賤な監獄に閉じ込められている。可哀想な子だなぁ。」 黒翼の虎は目を細め、愛おしそうに男を見る。 「そ、そうだ、!」 虎の優しいもの腰に、つい男は演説を始める。 「わたしは民と家臣の為に立ち上がったのだ! あの"龍"だというだけで王になった男を 何時までも据え置いているから国が、 民が潤わないのだ。」 かつて男の顎に蓄えられていた髭は投獄の際、バッサリと切り捨てられた。 築き上げた地位も人望も此処には何一つ無い。 此処にあるのは我が身ひとつ。 「助けが欲しいか、哀れな英雄よ?」 「あ、ああ、助けてくれ! わたしに今あるのはこの身だけだが 対価が足りなければわたしの命をやろう。 あの、憎き王とそのオンナにわたしが自らの手で裁きを受けさせるのだ。 その後ならこの身体の事は好きに使え。 食おうが捨てようとが構うものか。」 ニタァと、虎の大きな口が笑う。 「良い決意だ。チカラを貸す代わりにお前の名を聞いておこうか。」 男はかつて無いほど朗々とした声で 己の名を黒翼の虎に雄々しく告ぐ。 「わたしはダルム・イシュタット。 義栄と仙桃姫に正義の裁きを下す者。」 ズタボロの毛布をかなぐり捨て、 真っ直ぐに黒翼の虎を見つめ返す。 すると、虎はまたも目を細め嬉しそうに笑う。 「ダルムよ、助けが必要な時は我を呼べ。 我が名は窮奇(きゅうき)。お前を守る者だよ。」 ハッとして瞬きをした刹那に もう窮奇は姿を消していた。 灯りも無いこの監獄で まるで影に溶けた様に虎は居なくなっていた。 だが、男のダルム・イシュタットの 汗ばんで震える手と打ち捨てた毛布が これが、 夢幻では無いと教えてくれた。 "あの黒翼、あの御名前もしやーーー" ダルムは朧げな記憶を呼び起こしていた。 それは、現王を引き摺り下ろす為に資料を漁っていた時の事。 摂関政治を知るよりずっと前の記録。 そこで見たのだ。 窮奇という二文字と、 それの属する四凶という存在を確かに見た。 「本物だ...間違い無い、 わたしは本物にお会いしたのだ! あの"窮奇様"にお会いできたのだ、! 下等な麒麟何ぞとは比べ物にならない御方、 四龍に唯一対抗し得る強力な四凶のお一人に わたしはお会いしたのだぁあ!」 月の灯りもままならないカビ臭い監獄に ダルムの歓喜に満ちた声が轟いた。 「そうと来れば、 監禁などと生温い方法はもう金輪際ヤメだ。 アイツらにはもっと残酷で残忍な罰を与えなければならない。 アイツらのせいで私はこんな、薄汚いブタ箱にいるのだ、!」 "嗚呼、今から楽しみだ。 あの綺麗な桃色の髪が 真っ赤な血で赤く染まる日が楽しみだなぁ。"

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