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第34話

義栄と仙桃妃の間に白銀の毛並みを持った子虎が生まれた事で寂れたような桃妃宮は一変し、 庭一面に芝生が敷き詰められた。 殆どが鈴と二人だけの桃妃宮での暮らしだったが 子虎が人に慣れる様に、 白珠宮にある義栄の私室や執務室までを お散歩コースに取り入れた。 「み、み、みぃ、!」 議会場での一件で存在が知れ渡った子虎を 一目見ようと城内のあちこちから人が集まってくる。 「頑張って下さい、虎徹様!」 「あぁ...あ、そっちには大きな小石が、」 子虎の名前は決まったのかと 散歩を始めた初日に口々に聞かれるもので 一々それに答えていると、子虎の彼の名前は翌日には城内の皆が知る事になった。 「おいで虎徹。」 たった一晩で広まった子虎の名前は、 虎徹(こてつ)。 かつては桃李も憧れたヒーローアニメのキャラクターから名前を頂くことにした。 あの熱い男同士の友情は、涙なしでは語れない。 それに、あの人懐っこさや慕われる姿を羨ましいと思っていた時期もある。 そんな風に子虎も沢山の人に愛されて育って欲しい。 それに何より、本物の虎(タイガー)に それ以外の名前を付ける事など桃李には我慢ならなかった。 まだキラキラネームでは無いと 胸を張って言える。 季節が移り変わる頃、子虎の虎徹は 白珠宮の庭を桃李の後について ポテポテと少し不恰好に歩く。 「テツ!」 その時、少し向こうから義栄の呼ぶ声がした。 傲慢な割に少し分かりにくい愛情たっぷりの男は この虎徹の事も愛称で呼ぶ。 「義栄!」 「みっ!」 テツと呼ばれた子虎の虎徹は、 義栄を見付けると四つ足で一目散に駆けて行く。 その後ろ姿は、只々愛らしい。 「跳ねるぬいぐるみ、だな。」 しかし、どうにも不器用な走り方をする虎徹。 走ると言うよりは、 跳ねながら義栄の側まで一生懸命に駆けていく。 その愛らしさに見ていた周りの者達からも ほぅ、と飴色の溜息が聞こえてくる。 「慣れですよ、桃李さん。」 付かず離れず側にいる鈴も そう言いながら微笑んでいる。 ◯◯◯◯◯◯◯ そう言えば、一年とは365日である。 義栄の象徴たる秋の季節に白珠宮にやって来た桃李の暮らしは、 やがて冬となり雪の降り積もる城内を少し大きくなった虎徹と駆け回った。 白い雪に、白い虎は中々見つけにくく苦労した。 「風邪ひくなよ虎徹。」 そしてあっという間に春が訪れ、再び沢山の花々に囲まれ 桃李と虎徹は麒麟の片割れ鈴に習いながら チカラの使い方をコントロールする訓練を始めていた。 桃李のチカラはほぼ無限の可能性を持っていたが 無いものを出すことは出来ないらしい。 花びらを風に乗せ花嵐を起こす事は出来ても 花を枯らす様に時を進める事、 花を種に戻す事も出来ない。 あくまで、火土水木火を操るチカラがあるだけで 理を曲げる事は出来ない。 「ですが、桃李さん。 貴方には四龍最強の盾が有りますよ。」 そう言いながら、 コロンと隣で寝転ぶ虎徹を見やる。 「虎徹がぁ?」 「えぇ、義栄様は四龍最硬度の武器を持っているんです。その義栄様の"気"を持つ虎徹くんなら、最高硬度の盾が作れる筈です!」 くぁ、と大きな口を開けて欠伸をする虎徹は そんな事は知らんとばかりに スフィンクスの寝姿勢を取り始めた。 やがて聞こえてきた寝息を聞いて鈴がそっと桃李に耳打ちしてきた。 「今日は助っ人を呼んであります。」 へぇ、と思ったその時 虎徹が威嚇の声を上げた。 何処からともなく鋭く風を切る音がしたと思う間も無く、桃李の足元にドサッと金属の矢が突き刺さった。 「ガルルルッ!」 「ダメだ来るな虎徹ッ!」 大きな音がした。 それは、鈍く金属の擦れ合うイヤな音が鼓膜を殴る。 もしかしたら火花が散ったかも知れないが 瞬く間に広がった恐ろしい妄想が桃李の脳内を駆け、ゾッとするほど血の気が引く。 だが、虎徹の無事を確かめずには居られない。 恐る恐る目を向けるその先に虎徹は居た。 「虎徹、虎徹...ッ、怪我は無いか!?」 慌てて虎徹の側へ駆け寄り 我が子の身を確かめようとして身体中に手を当て隈無く視線を滑らせる。 大きくなった虎の姿は、桃李の身長よりも遥かに大きい。 背も足も腹も確かめて虎徹の前に回り込んだ その時、桃李はハッとする。 虎徹の前にそれまで無かったシルバーの大盾が浮いていた。側には桃李を襲った金属の矢が落ちている。 「これ...は」 驚く事にその大盾の周りには ふんわりと薄桃色の"気"が揺れていた。 「...虎徹が作った、のか?」 「グルッ。」 虎徹が短く鳴いて桃李の掌へ 頭をグリグリと押し付けてくる。 褒めろと言わんばかりのその姿に、 暴れのたうち回る桃李の胸も少しだけホッとする。 我が子のささやかな望み通り、 ぐしゃぐしゃに頭を撫でてやると 嬉しそうにまた喉を鳴らす。 そこへ、意味不明な拍手が響いてきた。 「流石、義栄様の御子ですね。」 左手に弓を持ち、背中に金属の矢を背負った男は いかにも誇らしげに微笑みを浮かべ茂みから現れた。 たった今まで矢を射っていたかのような その男の名前を、桃李は知っている。 「金属の操り方もお上手です。」 彼の名は、常秋。 義栄唯一の側近の男。 「...あなたが、虎徹を狙ったんですか。」 自分の口から出た声は、 今まで聞き覚えがないほど酷く冷めたく あらゆる限りの不愉快さを滲ませている。 桃李の心のどよめきに合わせて ザワザワと木々が音を立てて騒ぎ始めた。 空の雲行きまで怪しい。 苛立ちに沸る頭で つい先日、監禁された事を思い出していた。 あの時も身内の不始末だった。 そして今、目の前で悠長に手を叩いている側近の姿があの議会長とダブって見え、 桃李の腹から"理性"という二文字を急速に奪い去っていく。 人は誰しも触れられたくない過去や地雷というものを持っている。 わざわざ触れないように大切奥底に仕舞っていたものを、勝手に引き摺り出し、勝手に暴かれ踏み散らされた気分だ。 もうこの男に自分が砕くべき心は一欠片も無い。 諦めに似たこの感情は、 桃李の沸った頭を少しだけ冷静にさせた。 「おれ...身内が傷付くの大嫌いなんだ。」 すぅ、と伸ばした指先から薄桃の光が溢れ、 落ちていた金属の矢を覆う。 桃李は願った。 妙に冴え渡る脳みそで冷静に。 この金属の矢が、目の前の男を懲らしめる有意義な武器になる事を。 「桃李さん、いけません!」 ザワザワと騒ぐ神経の 遠い向こう側で鈴の叫ぶ声がした。 だが今は、有りっ丈の気力を使って願う。 「行け」 金属の矢がカタカタ、と地面から浮き上がり 桃李の声と同時にブンッと勢いよく風を切り、 突っ立ったままの常秋目掛けて飛んでいく。 「桃李さんッ、!!」 悲鳴に近い声を上げながら、鈴が叫んだ。 「やめろ桃李!」 何処からか義栄の声がした。 次の瞬間には、 目の前を何かで覆われ何も見えなくなった。 「許せよ。」 「なに、ふぐ...ンっん。」 義栄は一言だけ囁くと、 強引に桃李の腰を抱き引き寄せる。 僅かに爪先だけが地面に付くほど 強い抱擁は義栄の太いく逞しい腕に支えられ、 そのまま深く口付けられる。 毎晩のように甘やかされた桃李の身体は容易く義栄の舌に懐いてみせる。 そして脳みそが蕩け始めた頃、 龍の甘い唾液をようやくコクリと飲み込んだ。 ドク、と胸を焼くような熱に身体中が瞬く間に発情していく。 火照る身体と快感で腹に溜まっていく"気"は、 早く出口を求め解放されたがっている。 「ぁ、あ...っく、そ」 そのまま桃李が気を失うまで、 甘く熱いばかりの酷いキスは続けられた。 ◯◯◯◯◯◯◯ 「みっ!」 目が覚め真っ先に見たのは、尻尾。 もふもふのシルバーの尻尾が目の前で揺れていた。 「おれが起きないか、確かめてたのか?」 「みっ!」 何時からそうしていたのか、 虎徹が邪魔にならない所から 桃李の眼前まで近寄り尻尾を振っていたようだ。 "虎徹にまで気を遣わせたなぁ。" ストンとベッドへ降りてきた虎徹は 何処か痛めた様子もなく目立った傷も見当たらない。 「ケガしたとこ、無いのか虎徹?」 それどころか小さな舌で労わる様に頰を舐められた。 「おれも、ケガしてないよ。」 親思いの小さな子虎は こうして我が身まで案じてくれている。 愛おしく、大切な我が子。 それを、訓練だからと不意打ちで矢を飛ばされた事に理性を欠いた行動をしてしまった。 あの時、義栄が飛び込んで来なければ 桃李のチカラであの矢は 常秋を傷つけていたかもしれない。 「起きた?」 ふと、尋ねられたので答えようとした時 その声の主に思い至った。 義栄でも、鈴でも常秋でも無い 気安いこの声は紛れもなく永遠の友の声。 「お前なんでいるの。」 「呆れたバカな妹の代わりさ。 僕に出来ることなんか大して無いんだけどね。」 食うかい、と聞かれて差し出された林檎は ウサギの形に切り分けられている。 不器用で靴紐も結べない男が出来る芸当では無い。 「お詫びに、鈴が置いて行った。」 「...懐かしいな。」 「そうだね。」 桃李の覚えている限りの一番古い記憶に、 このウサギのリンゴが入っている。 それは、朧げでありながら とても胸が痛く、悲しく、辛く、苦しい記憶。 「あの頃、お前はこのリンゴしか食べられなかったね。」 「何でかなぁ...これだけは食えたよな。」 介護士の母と、営業マンの父を一度に失って 米もパンもおやつも喉を通らなかったが 唯一、食欲を思い出させたのがこのウサギの形の林檎だった。 「あんま憶えて無いんだけどな。」 「僕は憶えてるよ。」 なんで、と聞こうとして言葉にするのを止めた。 「あぁ、お前麒麟なんだろ。本当は歳いくつだよ。」 「知りたいの?」 「あぁ。」 「本当に? いいのかいそんな事を聞いてしまっても。」 まるで怖い秘密でも打ち明けるかの様に言われ、 そうまで言われると何だか腰が引けてしまう。 "好奇心は身を滅ぼす"と 誰かの何かのキャラが言っていた。 "知らない方が良いこともある" "口は災いの元"など、人生の教訓の殆どはジャプンが教えてくれる。 「や、めとくわ...他の話にしねーか?」 「賢いヤツは好きだよ。」 「それ、バカにしてるだろ!」 ふと、思い出された仕舞い込んだ過去の記憶は 今もこの身に潜んでいて それを、この親友は敢えて言わずとも緩く宥めようとしてくれている。 わざわざ口に出さなくとも、 この男となら分かり合う事も可能なのだと改めて知る。 バカ言って笑い合う友が たった一人でも居れば、それでいいのだ。 辛い時、理不尽な時、 今は居ない父と母を思う時もある。 だが、恨む事は出来ない。 こうしてここまで歳を経て、生きていられるのは 誰かに愛され誰かに守られてきたからなのだ。 ここは日本だ。 面と向かって"アイラブユー"を子や孫やその他の大切な人に伝える習慣は薄い。 それでも、知っているのだ。 この身が誰かにとって大切である事を。 「おれって、愛されてるなぁ。」 友康が鼻で笑って2個目の林檎に頭から噛り付く。 「何を今更言ってるんだよ。」 「鈴が謝ってたよ。」 「...そっか。」 「せめて僕が知ってたら、 こんな事はさせなかったよ桃李。」 「知らなかったのか、」 「情けない兄だよ僕は。」 二人きりの空間に しゃく、とリンゴを食べる音だけが響く。 「まだ、おれの中では地雷なんだと思う。」 「そうだね。」 しゃく、とまた二人してリンゴを食べる。 「おれの周りの大切な誰かが死ぬのは もう絶対、嫌なんだよ。」 「そうだね。」 「そうだろ。」 うんうん、と友康が頷いて見せる。 只、桃李の言う事を肯定してくれる。 それが鎮まりかけていた怒りに再び火をくべてしまった。 「普通、訓練だからっていきなり矢を放つ馬鹿が どこに居るんだ、て話だろ。」 「まぁ、ね。」 「こっちは死に掛けた様な気分なんだぞ、! 挙句、呑気に拍手までしやがって、!」 「そ、うだな」 「お陰でこっちは媚薬ガンガンで、バンバン"気"を吸われまくったんだぞ! これが怒らずに居られると思うか!?」 くべた火は中々に燃え上がり勢いを増してヒートアップしていく。 そうだ、ねと苦笑しながら友康はひたすらに相槌を打つしかないが、 今回ばかりは相槌も注ぎ過ぎたかもしれない。 友康は胸の内でそっと呟いた。 "不味いな、 下手に話せばこちらにまで火の粉が来るっ、!" 「大体、お前は嫁に不満なんて無いのかよ。 おれなんかいきなりチューで、 ドヤ顔で尻揉まれてんだぞ! お前の嫁はそんな事されて平気なのかよ!」 「酒...持ってこようか?」 「要らねーよ、それよ...りも」 さっきまで気を失っていた人とは思えない鼻息で語っていた桃李が突然、語気を濁した。 「遠慮するな姫、 酒ならオレが持ってきたぞ。」 この部屋の主人が戻ってきた。 ほんの数分前に桃李は思ったのだ。 "好奇心は身を滅ぼす" "知らない方が良いこともある" そして"口は災いの元"、だと。 「尻が嫌なら、次から胸にしてみるか?」 「義栄っ、!」 「僕はそろそろ帰ろうかなぁー。」 そっと、ベッド脇に1つしかない席を立とうとして義栄に止められた。 「もう少し付き合え、麒。」 「友康、でいいですよ義栄さん。」 「言いにくい名前だなぁ、友康か。」 「あなただって、白虎より 正義と栄光の義栄さんって、呼ばれたいでしょ?」 桃李の目の前には、 鼻で笑う義栄と、親しげに話す親友の姿がある。 「二人は、仲良いのか?」 「腐れ縁だ。」 「ひどいな、義栄さん。 同じ"龍"の仲間じゃ無いですか、仲良くしてくれないと。」 「ぇ。」 桃李は、耳を疑った。 友康は今、自分を龍の仲間だと言わなかったか。 「あの、あれ...おれ友康にも抱かれるの、か?」 「は?」 「ナニソレ、あり得ないよ!」 義栄が馬鹿を見る様な目で桃李を見て、 友康は阿呆をみる様に笑う。 「いや、お前が言ったんだろ龍の仲間だって。」 嗚呼とグーとパーでポンと手を叩いた友康。 その仕草は古臭いが、何か思い至った事は間違いない。 「桃李は五行を知ってるだろ?」 「木火土金水(もっかどごんすい)?」 「そう。それで君の旦那様達は?」 一問一答のクイズ形式。 これで桃李は高校受験だけじゃなく大学受験まで助けられてきたのだ。 知る限りを素直に答えていく。 「義栄は金、騰礼が火、仁嶺が木、耽淵が水。」 「ぉお流石。よく覚えてるじゃないか。」 何気なく相槌を打って見せた桃李だが、内心穏やかではない。 何で小難しい属性が覚えられたのかと言うと乱行大会で知った愛撫だった。 桃李に触れ与えてくる刺激が、指や舌がそれぞれの性質を纏っていることに気付いたのだ。 「覚えたんじゃないだろ姫、知ってるんだ。」 すぅ、とベッドに座る義栄の手が頰を撫でる。 「四つの宝珠は四龍の"気"をたっぷり吸っている。 何千年も何世紀もな。 見分けられない筈がないだろう。」 「うん。」 熱い瞳でこんなに近くで見つめられ 思わず素直に返事をする。 「いい子だ。」 「話を戻しても宜しいかな、お二人さん。」 このまま手を握り合って、 淫らな行為が始まりそうな雰囲気を悪友が寸前で止めた。 「五行と四龍で、残る土は誰でしょうか?」 「お前?」 「駄目だね、正確には僕と鈴。もしくは麒麟が正解。」 「それで?」 「麒麟は昔、黄龍と呼ばれていたんだ時があってね。ほら、麒麟は黄色で龍の鱗も纏ってるからね。」 「へぇ。」 「あらゆる万物は五行であり、五色によって平安はもたらされると考えられていたんだ。 四龍ではあとひとつ足りないから、似てる麒麟を入れて無理矢理五行にしたんだよ。 ハッキリ言うと数合わせだねぇ。」 ほぉ、と間の抜けた相槌を打つ。 「それで、"龍"の仲間って訳。」 はぁ、とまた間の抜けた相槌を打つ。 「じゃあ、おれは尻の心配しなくてOK? おれの"気"は要らないってことだよな。」 いくら龍の仲間とは言え、 一応は龍に属しているらしいのだから 万が一にも聞くに越したことはないが、桃李が聴いた瞬間、友康が人を食うようなニヤリとした笑みを口の端に浮かべた。 「どうだろう、試してみるかい?」 今度は、相槌を打つ余裕すら無かった。 ギシ、とベッドのスプリングが鳴り 既に桃李と義栄の体重を受け止めているベッドに友康が片膝を乗せる。 その瞳は、息を呑むほど真剣で真っ直ぐに 桃李を見つめて来る。 「と、もやす...っ、!?」 「手伝ってくれません義栄さん?」 「勿論だ。」 揶揄うような空気は一切感じさせず 桃李の膝からにじり寄って来る親友は、 義栄の手伝いもあって あっという間に、はだけだ胸元へ掌を這わせてくる。 身を捩って躱そうにも 後ろから義栄に肩を掴まれていて出来る抵抗なんてたかが知れてる。 「桃李は分からないと思うけど。 お前の"気"は凄く澄んでいて僕らからすれば極上に美味そうなんだ。 桃のいい匂いがしてね。」 「特に、ここを弄ってやると匂いが濃くなる。」 「ひ...ンっ、んんぅ」 義栄が布団の中から手を滑らせ、 いきなり桃李の欲望を刺激してきた。 それも、友康が見ている前で。 「ぁ、ぁ...見るな、よ」 義栄の指で布越しに弄ばれる欲望が、 熱を持ち主張し始める。 焦る気持ちとは裏腹に、確実に生まれる快感が 桃李の中で"気"を作りその匂いを二人の男へ撒き散らしていく。 「桃李とは友達でいたいんだけどなぁ、僕。」 「だったら、その手を離せよクソヤス。」 「口が悪いのは昔からだけど、 その口、とうとう僕が塞いでやろうか桃李?」 胸を這っていた手が桃李の顎を捕らえた。 グッと羞恥を堪えながら友康を睨むがかち合った視線はすぐには外れず 何故か絡み合い、頬がカァッと熱くなった。 この瞳を桃李は知っている。 "友康"そう呼びかけようとして本人に先越された。 「桃李、お前はひとりじゃないよ。」 ひどく優しい声だった。 欲情した身体に甘く垂らされる蜜のような言葉は 古傷を引っ掻いた桃李の胸にじわっと滲みる。 裸に剥かれて思う様反論しようとしていたのに、 ほろり、と涙が一粒流れてきた。 「泣くなよ、僕が悪いみたいだろ。 お前が優しいのも賢いのも知ってるつもりだけど、今回はお前の傷をえぐるような事をしたのは事実だからね。僕からも謝るよ桃李。」 ごめん、と桃李の頬を指先が撫でる。 「二度とあんな事はさせないと、 お前と義栄さんに誓う。」 その言葉があまりに真摯で、 見つめる瞳も火傷しそうなほどに熱くて、 思いがけないまま胸が鳴った。 事を起こしたのは、友康ではなく鈴なのだが 友康がそこまで言うのだ。 許す以外の選択肢はもう思いつかなかった。 許す、と一言告げてこの話はもう終わりだと桃李から切り上げた。 あとは各々がなんとかするだろう。 鈴の事も、勿論常秋の事も。 ◯◯◯◯◯◯◯ 「桃李は寝ましたかね?」 「ああ、持ってきた酒が効いたな。」 義栄のベッドで、桃李を間に挟みじゃれつくのは 友康としても楽しいものがあった。 なんと言っても、仙桃妃の"気"は特別なのだ。 髪も瞳も黒のまま地上で過ごしていた時は、 封印のお陰でその美味な匂いを隠していたが 腕を伸ばして彼の胸に触れる距離で、 鼻を擽る桃の香りはなんとも魅惑的だった。 「ここで話します?」 「いや、隣の部屋を用意してある。 まだこいつの耳には入れたくない話だからな。」 「過保護だね、義栄さん。」 「お前も相当なものだ。」 はは、と笑って見せた友康は ベッドで健やかな寝顔を見せる友を見つめる。 結局、一時的な快楽と誘惑を振り切り、 それ以前とこれからの友達としての距離を保つことに決めた。 「少し、惜しい事をしたかも知れません。」 それでも、友康にしか出来ない立ち位置というものがある。 この天界で唯一、桃李と変わらず付き合っている事にこそ意味があると友康自身、そう思っているのだ。 だが、愛おしい事は事実。 見慣れたはずの桃李の顔が、欲望に濡れとても美しく感じたのだ。 我ながら自分の自制心を褒めるべきかも知れないと、人知れず友康は思う。 「それで、何か分かったのか?」 浮ついた思考は、 義栄の声で瞬時に消し飛んだ。 「えぇ、少し厄介な事になったかもしれません。」 「説明しろ。」

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