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第35話

「目を閉じて、深く息をしろ。」 「ん。」 言われるがまま目を閉じて、 ベッドの上で肩を引かれるままトン、と 義栄の胸に背中を預ける。 すると、じわっと空気が揺れる気配がして 辺りに漂い始める。 "これ...義栄の気だ。" 揺れる空気に少しひんやりとした気配を帯びた それはまるでコタツでアイスを食べる様な 熱くて冷たいこの独特の気持ち良さは、 彼の"気"独特の感覚だと思う。 それが背中越しにゆらゆらと伝わってくる。 「オレが分かるか?」 「ん。」 「よし、そのままオレを意識してろよ。」 そう言うと、 背後からきつく抱きしめられた、と同時に ほんの一瞬桃李の背を冷たい気配が走る。 あまりの鋭さに咄嗟に身体を硬らせた。 「い、まの...さっきのと違うっ、」 それは前に一度だけ味わった。 薄く美しい繊細な風鈴が 今にも激しく砕けてしまいそうな程に 張り詰めた気配に桃李の脳裏を横切ったのは、 あの日ほんの一時だけ与えられた 不本意な愛撫の記憶。 「オレが怖いか...?」 思わず心のままに頷いてしまいそうになって、 寸前で答えに詰まる。 今この男は桃李の身体の強張りを理解し、 こうして柄にもなく 不安げな声で聞いてきている。 背中を預けていて表情は見えないが この男が桃李を案じている事だけは分かる。 "大丈夫。" そんな確信がじわじわと胸の底から湧いてくる。 根拠なら何も無く、 言葉を借りるなら散々祖母に付き合って観せられた刑事ドラマの女検事が言っていた、 "主婦の勘"だ。 但し、ひとつだけ気になる事がある。 「なんで、違う感じがするんだよ。」 精一杯強張った喉を動かして振った話題に 義栄も気遣いながら答えを返してくれた。 「集中すると顔や目付きが変わるのと同じだ。 大した意味は無い。」 気にするな、と言って そっと頭を撫でられる。 「見てみろ。」 「へ?」 チリっと義栄の指先が弾いて見せたのは 胸元の金属プレート...だったもの。 それは元は小さな無地の長方形の形だった筈で 武器にも盾にもなり得る四龍最高硬度のプレートを指され視線を向けた先で 桃李は目を大きくして声を上げてしまう。 「ぅおお、凄ぇ、!」 「ブタの貯金箱、とやらだったか?」 シンプルデザインのネックレスが いつの間にかメタリックなブタの貯金箱に 成り代わっていた。 ちょっとしたイケイケのアクセサリーだ。 そのクオリティたるや忠実で以前、 桃李が作ったものとそっくり同じに出来ている。 「今の、一瞬でやったのか?」 あぁ、と返す義栄がまた頭を撫でてくる。 「細部まで精密に頭に思い浮かべろ。  あとはコレに再現するだけでいい。」 そう言われて直ぐに出来るなら 桃李は今頃、喜んで乱用している。 きっと全ての死神たちの斬魄刀のレプリカを作ってひとり満足感に浸っていたな違いない。 そもそも火事場の馬鹿力とは言え 出来たことこそが奇跡だったのではとすら、 思い始めている。 なにせ頭に血が上った時ばかりなのだ。 だが、このチカラを使いこなせれば 桃李は自衛の術をひとつ持つことになる。 それがどれだけ桃李自身にとっても 周りの大切な人たちにとっても大切な事か、 この身を持って知っている。 「ほら、やってみろ。」 義栄の足の間で軽く足を組んで、想像する。 "ぁあ!仙人モードみたいだなコレ!" ふと、そんな事を考えてしまう自分は、 本当に脳みそが緩いのらかもしれない。 胡座を組んでうんうん唸っている自分の姿が もの凄くあの彼のあの場面と重なった。 "やっている事も微妙に似てね!?" 「おい、姫。」 突然耳に低い声が響いたかと思うと そのまま耳にヌルッとしたものが侵入してきた。 「ひ、ぃっ、!?」 それは、桃李の耳の中を縦横無尽に動き回り 濡れた音を立てている。 「考え事とは、随分余裕だな。」 「ひぃ、んんんっ、ン」 やめて、と言った声はか細く、震えている。 耳の中を舐め回してくる義栄の熱い舌のせいで うまく言葉になってくれない。 「やめて欲しいか?」 くちゅくちゅ、と耳を犯しながら 生暖かい息が吹き込まれる。 「まって...っ、ふ、く...ンまってごめんてば!」 意地の悪い義栄の手は、桃李の制止を効かず 夜着の中へ滑り込んでくる。 その手の行き先は、桃李の淡い胸元。 男らしく骨張った指でコリコリと数回擦られただけで、甘く躾けられた乳首は感じてしまう。 「まだ教える事があるんだぞ。 五分待ってやるから早くしろ。 ...出来なかったら覚悟しておくんだな?」 「な、んだよ」 「出来なかったら、 今夜はもうお前を抱くからな...桃李。」 途端、ゾクリとした気配が腹の奥から喉元を駆ける。思わず甘く鳴きそうになってぐっ、と唇を噛んだ。 「くそ...っ、ばか、むかつくんだよ...っ」 義栄はやると言えばやる男だ。 寝るにはまだ早いこの時間から...となると 幾ら何でも桃李の身体がもたない。 "今、集中しないと絶対犯られるっ、!" 人は身の危険を感じると普段からは想像もつかないような力が出るもので。 所謂、火事場の馬鹿力と言うやつだ。 身を持って桃李は体験してしまったが、今日も間違いなくそれに該当したようだ。 持ち前の集中力で あっという間に緊張と集中を高めていく。 深く息を吐き、深く空気を吸い頭の中で 正確に、精密に形を想像して。 心から願うーーー すると、手の中の金属がぐにゃりと薄桃色の"気"を纏って溶けた。 溶けて丸く液体の様に波打った後、 ポコリ、と空気の音を立てて一心に願う桃李にはっきりと応えた。 そっと、目を開けて出来たものを確かめる。 あまり期待はしていないが、これは予想外のものが出来上がっていた。 「出来たか。」 「...なんか違うけど、まぁ。」 「見せてみろ」 必死で願って創造したのはブタの貯金箱だが思ったのと少し違う。 「なんで、パンツ履いてんの。」 しかも、このブタの貯金箱が履いている下着は どこか見覚えのある柄入っている。 「な...っ、これ、まさか!?」 桃李の手元をそっと覗き込んできたシルバーの瞳が ギラリと光り口の端をニヤリと持ち上げて言う。 「ほぅ...期待させたか?」 桃李の頭がほんの一瞬。 コンマ何秒の世界で、たった一瞬だけ考えたのだ。 ーー今日のパンツ、何だっけ。ーー 仙桃妃の役目がそうしているのか まるで乙女の様な思考回路が無意識のうちに働き 桃李は奥歯を噛み締めるはめになった。 ブタの貯金箱には 小さなヨットのワンポイントが入っていた。 現世から持ってきたお気に入りパンツで 縫い目のない肌触りが気に入ってる。

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