38 / 44

第38話

歩を踏み舞う桃李を遠目に見ながら カタカタカタカタ、と気色悪い音を立てる骸骨の大群と友康は戦っていた。 麒麟の"気"を纏った木刀はたちまち骸骨の頭や肋を砕くが数が多過ぎた。 「煩わせるな」 ダン、と苛立ちも混ぜ土に足を鳴らすと 地響きを立てながら周囲の地面が鋭い刺針になり突如迫り出してきた。 刺は次々と地上に立つ骸骨に突き刺さり 肋骨にデカい風穴を開けた。 「骨野郎がアレに触れられると思うなよ。」 ふっ、と息を吐く。 今ので大半の"気"を使い果たしてしまった。 なにせこの辺りは穢れた骸骨のせいで胸が焼け様に空気が痛い。 しかし、桃李が居るあの祭壇だけは別だ。 ーーー良いなぁ。 甘い桃の香りと浄らかな"気"を 胸いっぱいに吸い込みたい。 あそこは今、とても浄らかな空気に満ちている事だろう。 <嗚呼、良いな。> 「何、」 友康は一瞬にして総毛だった。 身体中の血の気が引いて毛穴が騒ぎ立てる程気色悪い声が頭上から降ってきた。 凝視したソレは背に生えた黒翼で 文字通り空に浮いていた。 全く一切の気配も悟せずに。 「ーーあれはお前のものではないぞ窮奇。」 「いいや。あれはわたしのものだよ麒麟よ。」 言うが早いか友康は黒翼目掛けて雷を放ったが あまりに愚かだった。 翼を持つ者はその羽で空気の微かな変化に敏感で 加えて窮奇なぞと言う代物には無意味だった。 三度の瞬きの間に窮奇は 桃李の居る祭壇へ翔け友康の雷を易々と躱す。 友康は必死の形相で声を張り上げた。 窮奇が結界をその鋭い爪でバキ、と破るのが見えた。 「ーーー桃李っ、!」 彼は、桃李は、大事な友の首に、 胸に友康の目の前で 窮奇の大きな爪が彼を切り裂くーーその時。 前方で鋭い閃光が走った。 強く激しい真っ白な光が友康の目を塞いだ。 直後聞こえてきたの荒々しい獣の雄々しい声。 「グルルルルーーー!」 ハッとして目を凝らす友康の瞳には 見覚えのある白虎の姿が映る。 ◯◯◯◯◯◯ 腕も足ももう限界まで筋肉が張っている。 正直こんなに運動したのは義務教育以来で 明日の筋肉痛は避けられそうに無い。 それでも 桃李は<助けたかった>。 "穢れ"は"気枯れ"なのだと祖父が言っていた。 毎日天塚神社で祝詞をあげるのは モヤモヤとした気分を祓う為だと話していた。 人は気が枯れてしまうと簡単に荒んでしまう。 人だけじゃ無い。 神も四龍も動物も皆同じなのだ。 温めないと心はすぐに死んでしまう。 桃李はそれを知っている。 初めて逢った時の四龍がそうだった。 仙桃妃の居ない年月で穢れに"気"を削がれてきた彼らのあまりに乾き切った心が抑えられない程の衝動を生んだ。 あの紳士ぶった仁領に 桃李の首を血が滲むほど噛ませ 意地悪な義栄から優しさを奪った。 耽淵も騰礼も何かしらを無意識に削り取られていた筈だ。 剥き出しの本能に抗って 指先と唇でなんとか優しくしようと 愛してくれたセックスを覚えている。 「...あんたおれの事好きだろ、天帝。」 桃李は目の前の真っ白な空間に問い掛ける。 こちらに窮奇が飛んで来たのは覚えている。 その硬そうな爪が桃李の首と胸を掻き切る寸前、 何かが白い閃光を放ち思わず瞑った目を開けたら このいつかの日に見た白い空間に桃李はまた引き摺り込まれていた。 「来ると思ってたけど、正直ヒヤッとしたぜ。」 もう少し早く来てくれても良かったんじゃ、と思っても口に出すのは止めた桃李だったが必死でバクバク音を立てる心臓を少しは労ってもらいたい。 予想してはいたが、確信が有った訳ではない。 もし予想が外れ天帝が桃李を<呼ばなかったら> 桃李は紙一重で死んでいたかもしれない。 だが紙一重分の保険は掛けていた。 もし、天帝が現れず窮奇がそのまま桃李の首を狙ったとすれば その時は四龍最強の盾が阻止する手筈だった。 「ビビって出ちゃった気がするな。」 そう呟いて懐に手を当てる。 この空間で無ければ桃李の懐には 香木の小瓶の他にもう一つ入っていたものがあった。 親指ほどの小ささになった虎徹だ。 正直、小瓶に入れて持ち歩きたいのはこちらの方だった。 親指姫ならぬ親指の子虎はますます小さくなって みぃみぃ鳴いていた。 その可愛らしさと言ったらリアルティーカッププードルだったが、侮ってはいけない。 この子虎は只の子虎ではない。 「天帝、あんたに頼みがある。」 そう言った桃李の側でふわり、と空気が動く気配がした。 ハッとして桃李は右を向くが突如酷い吐気に襲われた。 「ぐぁ、ぁ...っふ、なんだこれ」 カァと熱くなった身体から汗が吹き出し 腹の中で何かがぐにぐにと蠢いている。 それが胃まで迫り上がってきて上手く息が吸えない。 焦って息を止めてみても吐き気は余計に酷くなり込み上げてくる。もうどう我慢すれば良いかも分からず 胸中で天帝を罵りながら桃李はとうとうゴフッと喉を開いた。 桃李は何かを吐き出した。 コロン、と転び出たそれは歪で溶けた金属のような形をしている。それに鮮やかな四色が混じり合って不思議な色が付いていた。 この溶けた金属の塊は何だろう、と思い手を伸ばした時 頭の中をビリっと映像が駆け抜けた。 "またかよ、くそ" それはまるで自分ではない誰かの記憶の様で 紛れもない<桃李>の記憶。 まるでそこに立っているかのように感じ 初めて瞬きをして促されるままに唇を開くと ゴクリと何かが喉を流れていく感覚を覚えた。 舌に広がるこの味は何だろうかと考えた時、仙桃妃・天塚桃李は思い出していた。 "これ、宝珠かーー" 厳密には、宝珠が嵌っていた台座。 文字通り宝珠自身は桃李が今し方記憶の中で飲み込んだ その残骸が桃李の腹から迫り上がってきた。 「この屑鉄をどうしろって言うんだよ。」 ぐい、と唇を拭って屑鉄を拾い上げると またふわりと空気が動いて今度は地面と言える足元に 空気がひとつ分動いてコロン、と石をひとつ置いた。 「何だよこれ。」 答えは返ってこない。 だがこれだけ何かが動く気配がして 目に見えない何かは更に3つ目の石を置いていく。 当然そこには天帝がいると思っていたのだがーー 「天帝?」 「ぴ、」 「... ... ...は?」 しまった、という風にもう一度何かが鳴く。 するともうひとつ石がコロン、と落ちて別の声が鳴いた。 「ぴっ、!」 ... ...間違いない。 この空間に天帝がいるものだと思っていたが まさか鳥が鳴くとは思いもしなかった。 「せめて顔ぐらい見せろよ鳥。 天帝じゃないのはもう分かってるんだぞ。 あと、その石なに?」 <上帝様から仙桃妃へ> <天帝様から仙桃妃へ> <賜り物だ> <贈り物だ> えっ、と思った時には目の前に四羽の鳥が現れ 驚く桃李に口々に告げた。 <息を> <唾液を> <気を> <込めろ> 四羽はそれぞれの前にある石を指して言う。 小麦の様な黄金の鳥が金を 滑らかで眩しい程の白い鳥が銀を 濃厚な黒蜜の様な鳥が水晶を そして、紫を混ぜた青い鳥が瑠璃の宝石をクチバシで桃李の方へコロン、と転がす。 <これが> <お前の> <望みの品> <四凶の為の宝珠> 促されるまま桃李は石を手に取り そのひとつに息を吹きかけ口付けた。 そして願いをかけた。 この石が四凶を穢れから守り役目を果たしてくれる様に。 もう誰も心が枯れてしまわない様に。 もう誰も痛い思いをしなくて済む様に。 指先から薄桃色の"気"がくゆり石に溶けて行く。 ーートクン 石が鼓動を打った。 <成功だ> <上手くいった> <流石仙桃妃> <上帝様のお気に入り> 緊張で震える指で次の石を手に取る。 そしてまた願いを込めて息を吹き口付ける。 「は、ぁっ。」 吐く息まで震えてきた頃やっと全ての石に"気"を注いだ時 またカラフルな鳥達がクチバシを開いた。 <サン> <ニイ> <イチ> それがカウントダウンだと理解した途端 桃李は大慌てで石を掴み上げた。 <ゼロ>

ともだちにシェアしよう!