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第3話 数日後

コンコンコンと屋根を小さく叩きつける音が家中に響く。 心地よいリズムを生みだすそれを耳にしながらイリゼは出かける準備をしていた。 「イリゼ、金色のあと2粒になっちゃった」 「昨日から梅雨が始まったらしいから、俺が集めに行くよ」 「そのことなんだけど…もういいよ。もういらない」 枕に顔を隠すアヴェルの髪に触れると薄桃色の髪がふわふわと左右に揺れる。 「何でそんなこと言うんだ?」 「だって、金色のは降らなくなったって花屋のおばあちゃんが言ってた」 「まだ少しは降ってるんだ、他の色に混ざってな。俺が見つけるから心配するな」 「笑わなくても死なないのに…」 「そんなことを言うな!俺がお前の笑顔を見たいんだ」 「笑ってない僕はいらないの?」 「そんなはずがあるか。でも笑っている時は心が温かくなるだろ?幸せの温かさ。それをお前にも毎日感じてほしいんだ」 「ん…」 重なった唇から甘さが舌に伝わり喉の奥へと溶けて消えるとアヴェルは両手で抱えていたガラス瓶を揺らした。 「今の何色だったの?」 「水色だ」 「うん、そんな感じがした」 「舐めただけで分かったのか?」 「なんとなくね」 瓶の中で揺れるのは金色の「金平糖」と呼ばれるアメだ。 海の向こうにある遠くの遠くの国の砂糖菓子「コンフェイト」に見た目と味が似ていることからそう呼ばれ出した。 この砂糖菓子がカラメッラの梅雨に降るアメだ。 空から降る金平糖は一色だけではなかった。 桃色、黄色、水色、白色、金色… 色とりどりの金平糖は甘くておいしいだけではない。 それぞれの色に効能があり、この町の人々は必要に応じて金平糖を使っていた。 アヴェルの瓶に入っているのは金色の金平糖。 金色の金平糖は幸せを与え病を治すと言われていた。 アヴェルのためにイリゼが金色の金平糖を探したい理由。 それは幼いころから表情を表に出すことを知らないアヴェルを笑顔にするためだった。 「俺が絶対に金色の金平糖を集めてお前を笑顔にするから」 「…ありがと。傘、忘れないようにね。金平糖、頭に当たったら痛いでしょ?」 無表情で物静かなアヴェルをイリゼはずっと守ってきた。 金色の金平糖を口にした時だけ、アヴェルは微笑んだ。その笑顔を見たいがためにイリゼは毎年梅雨の時期になると金色の金平糖を集めに出かけた。 仕組みなんて分からない。 分からないが金色の金平糖はアヴェルを笑顔にする。 アヴェルの心を幸せでいっぱいにするためにイリゼは今年も金平糖を集めに行く。 「心配するな」 自分に言い聞かせるようにイリゼはそう呟いた。 そう言っても、イリゼが心配するのも仕方がなかった。 毎年少しずつ金色の金平糖が減ってきていたのだ。 何百年も色とりどりの金平糖が空から降っていたと言うのに、数年前から金色の金平糖の数が急激に減り、他の色の金平糖も段々と減っていった。

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