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第5話 キッチンの惨事
「レシピ。よし!材料。よし!エプロン。よし!」
たまの休暇にバタバタと金平糖を集めに行ったイリゼが、ドタバタとたくさんの本を抱え家に帰ってきた。
一日中部屋にこもって絵を描くことがアヴェルお気に入りの休日の過ごし方だった。
今日も例外なく2階にある2人の寝室でのんびりと絵を描いていたアヴェルは、突然聞こえた音に驚き急ぎ足にキッチンへと向かっていった。
「イリゼ。何があったの?大丈夫?」
「アヴェル!」
勢いよく抱きあげられ言葉を失ったアヴェルは大好きな恋人の前髪に触れた。
――いつでもずっと僕のことを一番に考えてくれる大好きな恋人
イリゼの栗色の髪は綿あめようなアヴェルの髪とは違い真っすぐでしっかりとしていた。この髪に映える明るい茶色の瞳はどんな時でも力強く、臆病なアヴェルを安心させてくれる。
小柄なアヴェルとは対照的にガッシリとしたイリゼとは幼いころからずっと一緒だった。
いつ恋に落ちたのか、どんなところが好きなのかなんて答えられないくらい切っても切れない信頼関係が2人の間にはあった。
「おかえり、イリゼ。髪が濡れてるよ?」
「ああ、雨が降っててな」
「梅雨だから、アメが降ってるのは知ってたでしょ?」
「違うんだアヴェル、雨だ。雨が降ってるんだ」
「え…?」
「ああ、他の季節みたいに水の雨が降ってるんだ」
「そんな…それじゃあ金平糖は…?」
「雨と混ざって溶けてるよ」
「え、そんな…」
「そこでだ!」
自分の心境とは異なり、楽しそうで興奮気味な大声を上げたイリゼにアヴェルは首を傾げた。
よく見て見ると普段は料理をしない恋人がエプロンをつけている。
「え?」
「俺が、金色の金平糖を作る!」
「ん?」
「作るんだよ!」
「ええ?作るって、作るの?」
「ああ、作る!」
「意味わかってるの?イリゼ、料理できないでしょ?」
「これだけ本を借りてきたんだ!何とかなるだろう!」
「そう言う問題?」
「俺に任せておけって!」
金色の金平糖を口にしていたら、今頃アヴェルは微笑んでいただろう。それでも、ガラス瓶に残る2粒の金平糖はアヴェルにとって貴重過ぎて手に取ることはできなかった。
だから、今は無表情のままアヴェルは自分のために慣れないことを(根拠のない自信を持って)しようとする恋人を愛しく思った。
「僕も手伝おうか?」
カフェのキッチンで働くアヴェルは料理が得意だ。明るさが取柄のイリゼは細かいことが苦手だが人一倍やる気とチャレンジ精神はあった。
「いや、俺がお前のために作りたいんだ。これは俺にやらせてくれ」
「分かった。怪我はしないでね?」
表情は変わらなくてもアヴェルが自分のことを心配しているのはイリゼには分かった。
「大丈夫だって、心配性だな」
自分の方へと手繰り寄せた恋人に口付けをすると腕の中の細い腰が僅かに震えた。
「んっ」
「続きはあとでな?」
「ずるい…」
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