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第16話
軽く食事をした俺達はその後、綾さんのバイト先であるクラブへと行くことになった。
綾さんがそこのスタッフだったこと、俺達が私服を着ていたおかげで身分証の確認も何もなく、顔パスですんなりと中へと通される。
まあ、亮太はガタイもいいし、俺も大人っぽく見られるタイプだけど、いくら週末で混んでいるとはいえ、チェック甘すぎだろ。
そして今、俺は綾さん達の誘いを断り、一人ホール隅のカウンターでモスコミュールを飲んでいた。
「はぁ……」
気がつくと疲労からか、ため息が零れる。
なんで俺が亮太とWデートらしきものをしなきゃいけないんだ。
しかも、よりによって女の人の相手をさせられるなんて。
だが、亮太は俺が綾さんと一緒にいるのを見て、どこか楽しそうだ。
昔から亮太は、俺にずっと『彼女が出来たらお互いに言おう! そして、四人でデートしような』と、言い続けてきた。
だけど、俺はその約束を守ったことはない。
Wデートに憧れている亮太からしてみれば、今回それに近い状況になって嬉しいんだろう。
でも、たぶん俺には亮太の望むようなWデートなんてしてやることは出来ない……。
そう思いながら、子供のころに強引に約束を結ばされた右手の小指を、俺はじっと見つめた。
『女を好きになれない』
と俺が言えば、亮太だって諦めるんだろうけど、ささやかな亮太の楽しみを壊してしまうような気がして、その一言が言えずにいる。
「言えたら楽なんだろうな……」
そう呟いて、グラスの残りを一気に飲み干す。
「いい飲みっぷりだね」
いきなり声を掛けられ振り返ると、そこには三十代半ばくらいの男の人が立っていた。
こんな音楽がうるさいクラブよりも、バーとかの静かな方が合いそうな人だけど。
「隣り、いい?」
「はあ……」
断る理由がないから、俺はとりあえずそう返事をした。
「これと同じのを追加で」
男は俺のグラスを指差して、カウンター内の店員に言う。
「あの……」
「奢るよ」
そう言ってる間にも、その人によって俺の前には新しいグラスが置かれる。
「乾杯」
男が自分の持っていたグラスと俺のを軽く合わせ、口にする。
「あ、ありがとうございます」
一応、礼を言って俺もグラスを手に取る。
「さっきからここにいるけど、一人なの?」
その言葉に、俺はこの場に似つかわしくないこの人を理解した。
(ナンパか……)
若いやつを漁るなら、バーよりクラブに来た方が確実だもんな。
確かに、この人なら男もイケそうな感じだし。
「いや、友達とかと……」
普段なら、もっと駆け引きを楽しんでから誘いに乗れるんだけどな。
さすがに、亮太達と来てる今日は無理か。
「ふーん。あまり楽しめてないみたいだ」 「まあね」
俺がそう答えると、男の手がそっと俺の肩へと回される。
そして、耳元に唇を寄せて囁かれた。
「じゃあ、これからどこか行かない?……君って、そうだよね?」
やっぱり同類ってのは、すぐにわかるもんなんだなぁ。
残念、いつもなら一緒に行けるんだけど。
「せっかくの……」
「カズ!」
俺が丁重にお断りしようとした時、いきなり亮太の大声に遮られた。
「亮太……」
「何やってんだよ!」
そう言って腕を引かれ、男から離される。
「俺の連れになんか用ですか?」
亮太が、不機嫌そうに男性に言う。
「なんだ、男連れか」
それだけ言うと、男はその場からいなくなってしまった。
「一人でいると思ったら……何やってんだよ!」
「何やってるって……話してただけだろ!」
いきなり怒鳴られたことにムッとして、俺は亮太に言い返した。
だが、亮太も納得出来なかったようで、さらに反論してくる。
「男に肩なんか抱かれて、どこが話してただけだよ!」
「なんだと……!」
段々と自棄になってきた俺達を香織さんと綾さんが止めに入る。
「亮太くん、和彦くん」
「それくらいにしないと、二人とも目立つよ」
「……」
二人に止められて、俺も亮太も少し落ち着きを取り戻す。
「……行こう、香織さん」
そう言って亮太は香織さんを連れて、移動していく。
なんなんだよ。
だいたい、俺は亮太が付き合う女を見にきただけなのに、なんで俺が女とデートしなきゃいけないんだ!
「カズくん、機嫌直しなよ」
俺の怒りが表情に出ていたのだろう。
宥めるように綾さんが言いながら、俺へと身体を寄せてくる。
「ねぇ……二人でどこか行かない? 香織と亮太くんもいい感じだし」
綾さんの女性特有の甘い香りと柔らかい身体が、俺の腕にまとわりついてくる。
……やっぱり、無理だ。
「私、カズくんとなら……してもいいな」
耳元で吐息とともに囁かれて、俺の身体が嫌悪感で一瞬、震える。
そして次の瞬間、俺は綾さんを振りほどいていた。
「俺に触るな!」
「カズくん……?」
突然の俺の変化に、綾さんが驚いた表情を見せる。
だけど、もう限界だ。
「……すみません。俺、帰ります」
そう言うと、俺はそのまま出口へと向かう。
「え、ちょっと!」
後ろから慌てた綾さんの声が聞こえたが、俺は振り返ることはしなかった。
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