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寂しい大人(八色side・1)

「寂しい大人だな」  全く携帯ゲームから目を離さずに、ベッドの上から投げられた第一声がそれだった。少年の不遜な態度に対し、俺は肩をがっかり落とすと、ぽりぽりと頭をかいてみせた。すると予想通りに、少年は小さな指でゲームのボタンを熱心に連打しながら、さも面倒くさげに悪態をつく。 「そういうの、うざい」  ちゃんとこっちも見てんじゃねぇか、と俺は思わず吹き出しそうになる。俺はジャグリングで使うはずだったカラーボールを弄びながら、ベッドサイドへ腰をかけた。俺の仕事であるホスピタルクラウンとしてでもなく、少年の世話を焼きに来た大人でもない、遊びに来た親戚の兄ちゃんという緩(ゆる)さでだ。たちまち弛(たる)んだ沈黙が病室に蔓延する。  ホスピタルクラウンというのは80年代から広まった活動で、病院を訪れて小児科病棟の子ども達と遊ぶのが仕事だ。その名の通り道化師に扮装し、おどけたり、不器用な真似をして笑わせる。俺も今、真っ白に塗った顔に真っ赤な丸い鼻をつけ、ド派手なだぶだぶファッションでいる。俺は過去に様々な職種の恰好を経験済みだったが、さすがに白塗りは無かった。クラウンの活動を始めてから3年目だが、メイクも仕草も板についていると思いたい。  俺はフゥと軽く溜息をもらした。入院中の子どもにも色々な奴がいる。中にはクラウンと遊ぶ気分や体調じゃない奴だっている。そういう時、俺は無理強いをしない。付き添いの家族などは「せっかく来てくれたのに」と子どもをたしなめたりするが、それは違う。 「お前、もう子どもじゃないんだな?」  俺は少年の反応をチラ見する。返事次第で退室するか、俺流の“おどけ”を続行するかを決めるつもりだ。少年はそこで初めて俺へ顔を向けた。小生意気な口をきくわりには、年相応のあどけなさがある。 「当たり前だろ。もう8歳だ。わざとバカなコトして子どもの機嫌とってる、お前みたいな寂しいことはしないんだからな」  幼稚園の運動会の最中に意識を失ってからこっち、ずっと入院をしていると聴いている。人生の半分をここで暮らしているわけだ。俺は自分が八歳の頃、何をしていたか記憶を辿ってみたが、正義のヒーローの真似をしていたような気がする。お笑い芸人の変顔で笑っていたし、大人にかまわれると素直に嬉しかった。なんだか小さい頃の自分が馬鹿に思えてきた。あの頃の真っすぐさを失くした俺は、こいつのいう通り寂しい大人なのかもしれない。 「子ども扱いして悪かったな」  俺はボールを一つ、ぽいっと真上へ投げた。少年の口の端が上がり、黒目が上下したのを俺は見逃さない。俺はこのまま仕事を続ける事に決めた。 「子どもじゃないお前には、大人の遊びをやろうと思うんだけどな。どうだ? 遊ぶか?」  少年は携帯ゲームを枕の脇に置くと、仕方ないなぁと偉そうな口をきいた。顔はすっかりにこにこしている。 「先生と、ナースさん、どっちにイタズラしたい?」  俺の提案に、少年はきょとんとした。 「先生にイタズラしていいの?」 「いつもこうしろああしろ言われてばっかだろ?」  少年の瞳がきらきら輝き始めた。俺はこの光が大好きだ。どんな宝石よりも綺麗だと思う。 「選ばせてやる、どっちがいい?」  俺達は共犯者よろしく、悪い顔で微笑みあった。

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