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嘘つきの大人(八色side・3)

 病院での仕事を全て終え、一般人の姿に戻ると俺は病院の職員用駐車場に停めておいた車の運転席へ乗り込んだ。玩具を詰め込んだ荷物を後部座席へ投げる。あの中年ドクターは問い詰めると、キャバ嬢にドハマリしてしまい、かなりの額を貢いでいる事を白状した。そして手伝ったし盗みの動機も伝えたんだから、証拠動画を削除しろと図々しい口調で要求してきた。俺は笑顔で応じ、中年ドクターの目の前で削除ボタンを押してみせた。 「難病の子どもんとこから、小遣い欲しさに盗みなんかすんじゃねぇよ。ていうかさ……」  俺はスマホを握ると警察のサイトを検索し、匿名での動画投稿フォームのページを開いた。 「泥棒が詐欺師の言う事に騙されてんじゃねぇよ。ばーか」  テキストエリアに病院名を記入し、送信ボタンを押す。中年ドクターの悪行の証拠動画はWi-Fiに乗って、お白州の場へ飛んで行った。あいつの目の前で消したのはダミーだ。警察からの問い合わせに、どう対応するかは病院次第だ。もしかしたら評判に傷がつくのを恐れて揉み消すかもしれないが、俺は正義の味方じゃないからそこまで面倒をみる気はない。俺はスマホを助手席へ投げると、ハンドルへ上半身で覆いかぶさった。深くて長い溜息を吐く。 「人を騙すのはもうやめたいんだけどな……」  俺の前職は詐欺師だ。様々な職業の制服を着た事があるのも詐欺行為の一環でだった。必ず騙すのは犯罪者相手で、決して一般人から金をまきあげる事はしなかったが、嘘をつき、人の弱みにつけこんだのには変わりない。警察にしょっぴかれても仕方ない事もたくさんした。 「先生……ごめん。俺、死ぬまで嘘つきかも……」  俺が足を洗って今の仕事をしているのは、とある小児精神科のドクターのおかげだった。その人は不思議な存在感を放っている人で、最初見た時は人間じゃないと思った。顔や体の線ばかりでなく、髪の毛一本一本さえも美しく、光に透けていた。てっきり教会の天使の石像が生身になって、俺を救いに来てくれたのかと……。 「電話?」  助手席のスマホがデフォルトの着信メロディを奏でた。画面にはたった今思い出していた小児精神科医の名前が表示されていた。 「また嘘ついたのがバレた? いや、そんなわけない」  俺は何度か手を出し手はひっこめ、最後には息をのんで応答ボタンを押した。 「はい、もしもし。鬼剣舞です、鬼剣舞 八色(おにけんばい やくさ)です」  パニックのあまり、俺は不必要にもフルネームを口にしていた。俺は先生の前でだけは、上手に嘘をつけないようだ。

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