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下調べする大人(八色side.4)

「嘘が全て悪いものではないと、ぼくは思っているよ」  その言葉に背筋がぞっとして、俺は身震いをした。思わず息も飲んでしまう。初めて出会った瞬間から人間離れした空気を放つ先生だったが、いつもこんな風に俺の一日の行動を全部知っているかのような一言をすっと会話に差し込んでくる。正直言って気持ち悪いし、馬鹿にされてるみたいで苛立ちも覚えるけれど、でも結局は先生のこの何もかも見透かしてるいけすかない態度に中毒になってる俺がいたりする……悔しいけど。  電話を切るとドリンクホルダーからミネラルウォーターを引っこ抜いて、運転席に深く座りなおした。少量の透明な液体が半透明なボトルの中で波を打ち、向こう側の景色を歪ませている。俺の良心の中身と器も、こんなもんなのかもしれない。 「あの様子だと仕事に行っちまったようだから、詳細メールは夜かもしれないな」  わざわざ俺をご指名……て事は、ただのお屋敷じゃねぇな? 先生と仕事をするのは初めてじゃない。そして普通に呼ばれて普通に子どもを笑わせるだけですんだためしが一度だって無い。先生は飄々としているので何処まで察しているのか不明だけど、毎回何かややこしい案件が絡んでくる。俺が思うに先生は依頼に潜む暗部を嗅ぎ取る力がすぐれていて、けど依頼を受けた時点では先生自身まだ何が潜んでいるかは解っていないんだ。 「無意識に俺を相棒兼警護役に選んでくれるのは嬉しいけどな……所詮、俺は道化師だぜ?」  いつか先生を騙す日が来るかもしれないのに、あの人はその辺解ってるんだろうか? 俺はボトルの水を飲み干すと、姿勢を正してハンドルを握った。電話では屋敷としか情報がもらえなかったけど、メールが来るまでに調べられる事は調べておきたい。屋敷を持ってるような連中の交友関係、社会的地位、家系図とか色々。 「無駄な事まで調べておいて、なんも知らない顔して乗り込んでやるよ」  とぼけたふりするのは十八番だからな。俺は意気揚々に駐車場を出た。

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