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序章・禁忌の匣②

(嘘だろ……国木田さんと太宰さんが!?)  扉一枚を隔てた先で行われて居る行為を敦は現実と受け取る事が難しかった。太宰の開かれた両脚の間に身を割り入れる国木田は太宰程では無かったが脚衣を腿の辺り迄下ろしており、足元には椅子が転がって居る。恐らく先程敦が訊いたのは此の椅子が倒れた時の音だろう。  国木田の片手は机に置かれ、文字通り太宰に覆い被さる状態の儘小刻みな律動を繰り返して居る。太宰の両腕は国木田の背中に回されており、時折跳ね上がるようにして強く着衣を掴む。 「……太宰、っそろそろ……、敦が――」  唐突に名前を出され敦の心臓が跳ね上がる。吐息混じりに囁く声色は普段より幾分か低く艶めかしさすら覚えるようだった。  ぎしり、と片腕を着き太宰が机から身を起こす。組み敷かれて居た状態では善く見えなかったが、襯衣の鈕は凡て開けられており、白い胸元と白い包帯がただ眩しく見える。  思わず敦の喉が鳴る。気が付けば躰の中心から熱くなってきており、白い肢体に目を奪われていた敦は身を起こした太宰と正面から視線が交差する。  一瞬だけ太宰の目が見開かれたような気もしたが、直ぐに細められ其の笑みは視線の先、扉の隙間から覗く敦へと向けられて居た。 「……此のっ……莫迦! 締めるな!」  国木田の怒声が上がったかと思えば、太宰は背中に残して居た手で国木田の後頭部の髪を掴み、意識と視線を自分に集中させた儘耳許に唇を寄せた。呆然と其の光景を見続けて居た敦ではあったが、此れが太宰からの兆候だと判ると音を立てずにゆっくりと後退して行く。  此の瞬間に国木田に気付かれて仕舞えばあらゆる何かを失うだろうと考えた敦は慎重に身を返し、扉を出てから全速力で厠の個室へと駆け込んだ。 「え、え!? 何だ、何だ彼れ!」  便座の蓋を下ろし其の上で両膝を抱きかかえる姿勢を取りつつも敦はぐるぐると纏まらない思考を抱え込むように背中を丸める。  一体何時から二人はそんな関係?探偵社の他の社員は知って居るのか?見た事を気付かれて仕舞った事で流石に何かしらの罰を課されるのでは無いだろうか。太宰の姿が異様に艶めかしく在った事が敦の頭から離れない。自分は男で、太宰は導いて呉れた先輩で、国木田も何時も指導して呉れる大切な先輩で――考える度に不健康な程白い太宰の脚や胸が邪魔をする。  そして敦は夢想する。其の白い肢体に触れる事が出来たなら、と。僅かに上気し薄桃色に染まる頬、薄ら涙の浮かぶ鳶色の大きな瞳。もし其れが手を伸ばせば触れられる距離に在ったのなら――  バタンッ!! 「ひいぃッ!!」  本日中でももう数度目に為る心臓に悪い衝撃。便座の上で小さく固まり息を潜め気配を伺う。もしかして捜されて居るのだろうか。太宰ならばあれ程大きな音を立てて扉を開ける事は無い。もし国木田が出歯亀行為を行った自分を捜しに来たのだとしたら。  敦の心配を余所に足音は徐々に遠くなっていき、国木田が外出して行った事が判る。其の間太宰の気配は一切無い。一先ずは国木田に怒られる可能性が遠退いたと安堵した敦は両脚を伸ばし何気なく天井を見上げる。 「あ・つ・し・くぅ~ん」 「………………ッうわぁあああ!!」  音も立てずに太宰が敦を見て居た。閉ざされた扉の上から中を覗き込むようにして。其の光景は敦にとっては一種の恐怖体験其の物だった。

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