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序章・禁忌の匣③

 近付く足跡等一切聞こえなかった。此れでも敦は聴力が悪い方では無い。事務所を逃げ出してから唯一聞こえたのはけたたましく扉が開かれる音と、一定の歩幅を保つ規則的な国木田の足跡。 「――! 真逆……!」  太宰は国木田の足音に自らの小さな足音を隠して居た。国木田が開いた扉が閉まる前に其処から出て、国木田の規則的な足音に合わせてそっと厠の個室の前迄やって来て居たのだった。国木田の足音ばかりに注意が向かって居た敦には盲点だった。国木田が外に向かう事に安堵して居たのと同時に太宰は一歩ずつ着実に敦へと近付いて。 「国木田君ならば私の調査結果を見るなり血相を変えて飛び出したよ」 「そう……ですか……」  太宰は悪戯を仕掛けた子供の様な表情を浮かべて笑う。腑に落ちない点が有れば自らの眼で確認をしに行くのが国木田という男だろう。 「まァ其の調査結果は私が改竄したのだけれど」 「……え?」  無意識に視線を足元に落とした敦は続く太宰の言葉に顔を上げる。すると竟先程迄は扉の上から顔を覗かせるだけの筈だった太宰の姿が個室の中に在った。見れば太宰が背中にする個室の扉は開かれて居る。敦は確かに此の個室へ籠もる際内側から鍵を掛けた筈だった。出掛ける国木田が一目厠に目を向けたならば、一つだけ閉ざされて居る個室が在る事から敦の存在にも気付いた事だろう。  其れなのに太宰は意図も容易く個室の扉を外から解錠し敦の前に立ちすさんでいた。先程迄の光景が矢張り夢だったのでは無いかと思える程、其処に居るのは『普段の太宰』だった。外套こそ着ては居なかったが、整えられた着衣に普段通りの蓬髪。立ち姿も何処か凛としており敦が憧れる太宰其の物だった。そんな太宰の姿に先程目にした色を帯びた太宰の姿が重なる。  続いた衝撃から一度は引いた筈の熱が再び敦の中へと湧き上がる。躰の中心に岩漿が存在しているかの様に皮膚の表面温度は上昇していき、殊更其の熱は躰の或る一部へと集中しつつ有る。  耳許で太鼓を打たれている様な感覚が全身に走る。其の指一本、髪の毛の先でさえも今迄の太宰と同様には見る事が出来ない。  女性の様に白く滑らかな細い人差し指が一本立てられ、太宰の形佳く薄い唇の前に置かれる。 「疲れ摩羅の様なものなのだよ。 私と国木田君は特に恋仲関係という訳では無いのだからね」  正直な処、太宰が何を説明しようとも敦の頭には何も残らなかった。放たれた言葉より、動く唇の方へと興味が惹き付けられて居たのだった。其の薄い唇からは時折苺の様な紅い舌が姿を覗かせ、竟先程迄は国木田の其れと絡ませ合い乍ら卑猥な水音を響かせて居た。 「――敦君?」 「ッうわ、は、はいっ!」  太宰の言葉で再び意識を取り戻せば、太宰は其の場に屈み込んでおり、敦の両膝に手を乗せ左右に開かせた其の間に身を滑り込ませて居た。必然的に両脚の間に居る太宰を見下ろす形となり、触れられて居る箇所からごく近い場所へ急激に全身の血液と熱が集まって居る事を感じた。 「あ、あ、あ、あの、だ、だ、太宰さんっ!?」  一人焦る敦の様子を余所に、太宰は敦に視線を向けた儘金音を響かせ敦の腰帯を外して行く。白い指が前当ての金具に掛けられると流石に慌てて太宰の手を上から掴む。 「ま、待って下さい太宰さん、一体何を……」 「何をって――」  太宰は言葉の代わりに敦の中心を握り込む事で答えを示す。既に窮屈と言わんばかりに下着を押し上げる敦の中心は、未だ芯こそ定まっていないものの相応の質量を増しており、太宰の手という外部からの刺激に対して電流に流れるにも似た刺激を覚えた。 「……な、ちょっ、……太宰、さん……っ厭、僕其の、あのっ……」  途端に恥ずかしさが込み上げ羞恥で死にそうだった。太宰の痴態を見た事で反応を示した第二の自分が、其の太宰自身に布越しにではあるが触れられている。  孤児院育ちで女性経験の無い敦は、他人の手で触れられる事すら今未だ嘗て無く、想像すらも及んでは居なかった。然し今正に目の前で敦の其れを緩く握り込み上下に扱き始めているのは紛れも無く同性で尊敬に値する相手。

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