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始まり(3)

『……え?』 最初はどういう意味なのか理解が出来なかった。 でも自分の呟いた言葉を思い出し、ハッと口元を隠す。 ち、ちがうっっ!! ありえねぇって言ったのは、祥太郎に対してじゃなくて…っ…!! そう弁解したいのに言葉が出てこなかった。 『…っっ……』 言葉が詰まる。 額には薄っすらと汗が流れた。 祥太郎からヒシヒシと伝わる威圧感。 それが怖くてつい無意識に顔を俯かせてしまった。 俺はある人物のせいで人と会話する事が苦手だった。 そいつはまるで王様のようなヤツだった。 俺は奴隷みたいに扱われていて、いつしか顔色ばかりをうかがう悲惨な高校生活。 今ではやっとそいつから開放されたけど、今でもその事は深く植え付ついている。 だから人の感情をくみ取ることは出来ても、コミュニケーション能力が乏しい自分には絶対無理だって意味のつもりだった。 でもこれは誤解を招く言い方をしてしまった。 いつもならちゃんと言葉を選んで会話するのに。 ついついお金の誘惑に……心が舞い上がった。 だから早く誤解を解かなくちゃ。 でもこの威圧感がまるであいつの事を連想させられる。 口元が鉛みたいに重くて、たった一言の『ごめん』が出てこなかった。 すると黙って見つめていた祥太郎が突然大きな溜息をついた。 「てかお前ってさ…? 過去に色々あったんだってな?」 突然の問いかけに肩がビクっと反応した。 な、なんで、知ってんの? ……奈津美が教えたのだろうか。 でも高校の時に軽くイジメられてたとしか教えてないハズ。 すると「おい。」と言われて俯かせてた顔をハッと上げた。 そこには眉を顰め、俺よりも背が高いから見下ろした祥太郎。 顔が整ってるから更に妙な威圧感で体が震えた。 『…っ…!』 目の前にはいつもチャラチャラしてふざけてる祥太郎の姿はない。 真剣な眼差しだ。 でも怒ってるとか傷ついたとか、そんな表情でもなかった。 すると祥太郎が皮肉そうな笑い方をする。 「いつまで…… その過去に囚われているつもりだよ。」 『…っ…え?』 「このままずっと逃げるつもりなのか?」 初めて声が漏れた。 でもやっぱり威圧感が凄くて喉がきゅっと鳴ってまた声が出なくなった。 今の俺はもう目を合わせるだけで精一杯だった。 すると祥太郎がまた口を開く。 「大学では奈津美としか喋らないだろ? プライベートじゃバイトか弟ばかりらしいな? それじゃいつまで経っても克服なんて出来ねぇだろうが。」 そう言うと不機嫌そうに舌打ちした。 「だっせえな、お前。 いつまで臆病者でいるつもりなんだよ?」 その「臆病者」という言葉に胸がえぐられた。 でも同じぐらい胸の奥がドクッと激しく押し上げられる。 体全身に血がのぼるような感じがした。 臆病者…… たしかに俺は臆病者かもしれない。 でも…なんだろう。この感じは。 なぜ何も知らない祥太郎に言われなくてはいけないんだろう。 そう思いつつも祥太郎の威圧感には勝てない。 でもさっきまで冷えきってた体温が戻ったような気もした。 やっとまともな呼吸が出来て、ふぅと息を吐いた。 すると溜息だと勘違いしらしい祥太郎が睨みつけた。 「……は?なんだよ。」 鋭い目つきに体が怯む。 でもそれは一瞬でなぜか心はもう乱れる事はなかた。 冷静に考えても俺が悪かった。 きっと祥太郎の地雷を踏んでしまった。 それに気付いた時にすぐ謝って弁解すればよかったんだ。 今さら誤解を解けるか不安だけど、とりあえず口を開く。 『……ちがう、ご、めん。』 ようやく発することの出来た謝罪の言葉。 しかし無情にもその声は掠れてしまって思ったよりも小さかった。 すると祥太郎が呆れ果てたような顔で肩を竦めた。 「は? ボソボソ言っても聞こえねぇんだよ。この臆病者が。」 その最後の一言に俺の中で、なにかの糸がプツン、と切れたのが分かった。 『……んだよ、』 何度も何度も。 臆病者、臆病者って…… 心臓がバクバクと高鳴っていくのが自分でも分かった。 「あ?」 『ーー だぁから!!! お前に……俺の、何が分かるんだよっっ!!』 ムカついて、悔しくて、情けなくて…… 気付いたら全ての感情が爆発したように祥太郎に向かって叫んでいた。

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