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俺と楓さんの過去(3)

あの時に和哉の変化に気付いていたら…… もっと和哉の話を聞いてあげていたら…… 和哉はあんな風に変わったりしなかったんじゃないだろうか…… そうしたら今頃俺達は…… 「……光?大丈夫??」 ハッと目線を合わせると楓さんが眉をハの字にしていた。 『えっ……あっ。 ご、ごめん、なさいっ』 頭を下げながら、自分をぶん殴りたい気分になった。 俺はバカか。 今更こうしとけば良かったとかそんなこと考えても意味などないのに。 アイツにとって俺は、出会った時からどうでもいい存在なんだから。 ふぅと軽く深呼吸をし、楓さんにもう一度謝って言葉を続けた。 『……和哉と。 大きく関係が変わったのは、中3の冬だと思います。 俺。受験前にかなりヤバい点数を取った事があるんです。』 でもその事で新しい父親に「何、考えてんだ!」って説教された。 こんな大事な時期に!だとか、高校行く気あるのか!とか。 でもあの時は瞬が高熱で寝込んでいたんだ。 アンタは母さんと温泉旅行に行ってて知らないだろうけど。 瞬は40度近くの熱と激しい咳のせいで死ぬんじゃないかって不安で不安で堪らなかったんだ。 『だからってそれを言い訳にするつもりはないんです。 でものん気に旅行してたアンタだけには怒鳴られたくないと思った。 だから「この成績はお前らのせいだろ!」って言い返したんです。 そしたら思いっきりアイツに殴られて…… もう。その時に自分の中で何かが切れた音がして気付いたら家を飛び出してました。』 今でもハッキリとあの頬の痛みは覚えてる。 俺が部屋を飛び出した瞬間、母さんが俺を呼び止める声も。 そして瞬が泣きそうな表情をしてて、妹が泣く声も。 『そしてあの日。 俺が……向かった場所は、和哉の家でした。』 泣きながらチャイムを連打したあの記憶。 和哉が目を丸くさせながら玄関を開ける姿。 そしてみっともなく泣きながら愚痴を漏らす俺に 『頑張ったな』と頭を撫でた和哉。 嘘みたいに優しかった和哉のこともちゃんと覚えてるんだ。 「そしてその日から俺は…… 受験が終わるまで和哉の家に世話なる事になりました。」 もちろん瞬と幼い妹が心配だった。 でもその時の俺は何も考えたくなくて、精神的に疲れていたんだと思う。 家に戻らないといけないのに、戻りたくない。 だからといって図々しく瞬たちも一緒に、なんて頼めない。 そんな時、和哉のお母さんが仲が良かった俺の母さんに話をしてくれたらしい。 どんな話をしたのか詳しくは知らないけど「同じ母親として少し説教したわ」と笑っていた。 その後、母さんから電話が来て「今までごめんね」と鼻をすすっていたのを覚えてる。 「でもそれから和哉は…… 少しずつ変わり始めたんです。」 そう呟くと拳をぎゅっと握りしめた。 「普段何もなければ変わらず優しいんです。 でも俺が学校で友達と喋っていたら、家に帰ってその友達の悪口をしつこく言うんです。 そしてちょっと帰りが遅くなったりしたら、部屋に閉じ込めらた時もありました。」 俺が委員会の集まりで連絡せずに帰宅が遅れた時。 和哉は鬼の形相で俺を迎えると強引に手を引っ張り部屋に押し込めた。 え?と顔を上げればパチンと身構える暇もなく叩かれる。 その時の和哉の表情が恐ろしいほど無表情でまるで機械のように感じた。 そしてかけるレンズの奥の瞳は、今までに見た事ないほど冷たく怖い。 俺は叩かれた頬を触れながら、和哉をじっと見つめた。 和哉は頭が良くて、スポーツも出来て。 学校ではクールだけど頼れる生徒会長で。 髪は綺麗に整えられた短髪にオシャレな眼鏡をかけてて。 いつも見て知っている和哉だ。 でも和哉はいつから眼鏡なんてかけ始めたんだろう。 身長も体格も小学校の時までは俺の方が大きかったのに。 気がつけばいつの間にか越されていた。 そんなことを初めて気が付かされたような感覚にとらわれた瞬間だった。

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