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俺の理解者

こぼれそうな涙を我慢するように更にまた唇をぎゅっと噛み締める。 じわりと血の味がした。 楓さんの言葉は俺への素直な気持ちなんだ。 結局、俺は周りの目が怖い。 嫌われて自分が傷つきたくないから、他人から逃げる。 でも一人は寂しいから誰かに俺を必要として欲しい。 ただの自己中でワガママで本当に自意識過剰だ。 だから俺は弱い。弱さしかない。 強さなんて一つも持っていないんだ。 そんなこと自分が一番理解してるのに、なぜか悔すぎて涙が溢れる。 「……光?」 楓さんが心配した声で俺の名前を呼んだ。 慌てて袖で涙を拭う。 『…っ…ご、ごめん、なさいっ。 そうですよねっ!たしかに! アハハ…っ…自意識過剰……です、よね!』 渇いた笑い声が喉から漏れた。 すると突然、楓さんが考え込むように「んんー」と唸り声を上げた。 そして今度はふんわりと天使の笑顔を見せる。 「だぁいじょうぶ!! 僕に任せておけば光はきっとキラキラに輝けるよっ」 『え?』 何を言ってるんだろうとぽかんと口元が自然と開く。 そして俺の目の下を親指で拭いながら言葉を続けた。 「そのお客さんってね? 僕がとってもお世話になった人なんだぁ。 本当にすごい人で……カッコいいよ。 光にとって絶対にいい経験になると思うんだよね。 だからね? お客さんだって意識せずに、とりあえずご飯だけでも行ってみよ? もちろんその分の給料は支払うから。」 そう言うと、勇気づけるように俺の肩を叩いた。 楓さんがお世話になった人…… 俺にとっていい経験になる人……か。 すごいな、一体どんな人なんだろう。 一瞬興味を持ったけど、すぐに首を横に振った。 『ありがとうございます。でも俺は…っ…』 そう言って軽く頭を下げた。 面接での蓮さんの言葉を思い出していた。 「恐怖心を抱きながら接客するなど、高い金を払ってる客に失礼だ。」 ごもっともだと思う。 俺にだってちっぽけだけどプライドがある。 今までお金貰う以上はそれなりにちゃんと働いてきた。 それに楓さんの大事な人なら尚更だ。 すると楓さん分かりやすいほど肩を落とした。 「そっかあ…… やっぱり無理かあ……」 『……ご、ごめんなさい』 「うんん。謝らないで。 明日とか突然だったもんねぇ…‥ あ、そうだぁ。 光っ、とりあえずスマホ!スマホ!!」 急かすように言われ、慌ててポケットから取り出した。 「え!?光って…… まだガラケーなの??」 楓さんが目を丸くさせた。 そんな驚くことないだろうに。 『な、なんですか……』 「えっ、いやっ。 ううん。久しぶりに見たなぁって〜 そ、そっかぁ。 光は物を大切にする子なんだねっ〜偉いなぁ」 楓さんが明らかに焦った表情で俺の携帯を手に取って弄る。 ……別にガラケー珍しくないし。 テレビでスマホ男性よりガラケー男性の方が 仕事が出来るとか言ってたし。 てか電話とメールさえ出来れば何の問題もないんだよ俺は!! ムッと下を向いてると「うふふ」と携帯を返された。 「僕の電話番号登録したよ。 せっかく出会えたのに、じゃあこれでバイバイって寂しいもんね。」 寂しげな瞳を向けられた。 確かに俺も同じ気持ちだった。 sweet tear で働かないけど、楓さんとはサヨナラしたくないなって。 でも仕事断ったのに、いいのかな? 図々しいヤツだなって思われないか? 顔を俯かせ、両手の拳をぎゅっと握りしめて振り絞る。 でもきっと……楓さんなら。 『あ、あの…… もし良かったら時間ある時に… ま、また……お話とか、してくれますか?』 バクバクと心臓の音が聞こえた。 やばい、息が苦しい。 ただ単なる「また会いましょう」って事なのに、まるで一世一代の告白のようだ。 それぐらい俺にとって勇気が必要で怖いことだった。 仲良くなればなるほど、信じれば信じるほど裏切られた時の傷は深くなる。 でも楓さんならきっと大丈夫だって思えた。 今日出会ったばかりだけど、不思議とまた会いたいと思う。 恐る恐る上目遣いで目線を上げた。 「ひかるぅ……」 感極まった楓さんが嬉しそうに微笑んだ。 その表情に釣られて俺も安堵して笑う。 すると楓さんが両手を広げながら抱きついてきた。 「いっぱいいっぱいお話しようねっ」 そう言いながら俺の髪をワシャワシャと乱した。 『ちょっ………か、楓さんっっ』 「光ったら顔、真っ赤〜 かわいいなぁ本当。 もう僕の弟になっちゃう?うふふ」 『…っ…もう、楓さんってばっ』 崩された髪を慌てて直す。 そんな俺の姿を楓さんはふざけたようにクスッと笑った。 「……にぃちゃん?」 その時、背後から聞き覚えある声が夜道に響いた。

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