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俺の理解者 (3)
「……兄とはどういった関係でしょうか?」
瞬がまた低い声で楓さんにそう尋ねた。
ドキッと心臓が高鳴る。
やばいっ、と瞬の服を力強く引っ張った。
『……あっっ!まって、しゅ、瞬!』
すると「何?」と言わんばかりに眉を顰めた瞬が俺の方を見た。
『あ、あの……さ?
じ、実は……今日…っ…面接に行ってて…っ…』
チラッと楓さんを見ると、変わらずニコニコとこちらを楽しそうに見てる。
俺はゴクッと喉を鳴らした。
『あーえっと、その……さ?
楓さんは…っ…その面接してくれた人で。
んで、その……えっと??
社長さんみたいな感じの方でさ…っ…??』
すると瞬の寄っていた眉毛が吊り上がった。
「……は?
面接?聞いてないけど。」
『あ…っ…ご、ご、ごめん、』
「……何の面接?」
『へっ?あっ、そ、それは……あの、』
モゴモゴと口だけを動かすと、瞬の眉毛がまた深く寄った。
そして不審な表情へと変わる。
……やばい。これは非常にやばい。
さすがにレンタル彼氏の面接だなんて死んでも言えない。
いくら理解してくれてる良き弟だとしてもこれだけは絶対に引かれる。
だからってここで嘘ついたら楓さんに失礼だ。
「……兄ちゃん?」
『…………』
「何?なんで黙ってるの?」
するとずっと笑顔で話を聞いていた楓さんが口を開いた。
「……僕が経営してる居酒屋さんだよ。」
ニコッと笑いながらそう言った。
………か、か、楓さんっっ!!
俺の状況を把握してくれたのか、レンタル彼氏のことを伏せてくれた。
ジワリと嬉しさが込み上がり、心の中で何度もお礼を伝える。
「……は?
居酒屋?また働くの?」
『んー?』
嬉しさを隠せず見上げると顔を引き攣らした瞬と目が合った。
ハッと顔を俯かせる。
そう言えば瞬は夜遅くまでのバイトはあまりして欲しくなそうだった。
だから居酒屋やめた時もキャバクラの時も心なしか喜んでたっけ。
『…っっ!いや……それはっ、』
「でもね〜?今回は残念ながら……
縁がなかったって事になっちゃって…ね?
だからお兄ちゃん恥ずかしくてちょっと言いづらかったみたい。」
俺の言葉を遮ってそう言うと「役に立てなくてごめんね?」と頭を下げて謝った。
俺は慌てて首を横に激しく振る。
『か、かえで、さんっ!
こ、こちらこそっ……ごめんなさいっ』
今、すごく涙が出てきそう。
そして楓さんの近くに寄って全力で謝りたい。
だって俺なんかの為に……
楓さんが謝ることなんて一つもないのに……
でもずっと瞬に力強く掴まえられてて身動き取れない。
だからまた心の中で何度も何度もお礼とごめんなさいを繰り返した。
するとその時、少し俺を掴まえていた手が緩まった。
「……そうですか、分かりました。
なら二度と会うことはないですね。
今日は兄がお世話になりました。」
そう淡々言うと「行こう」と言って、俺の肩を抱いたままアパートへと歩き出した。
『ちょっと!瞬!!』
あまりにも失礼すぎるその態度に釣られて歩いた足を止める。
けどもそれ以上に瞬の力の方が強くてビクとも止まらず更に引っ張られた。
『い、痛い……瞬!!
ちょっと待ってってば!離せっ。
……か、楓さんっ』
すると瞬がピクッと反応し、視線だけを俺に向けた。
「……いい加減にしてよ。」
俺に向けられた冷たい視線に身を強張られた。
あまりの気迫につい黙り込んでしまう。
こんなの初めてだった。
だって瞬は本当に優しくて温厚で社交性があって俺にこんな態度取った事なんてない。
たしかに心配かけた俺が悪い。
悪いんだけども。
……でも。
歩きながら後ろをゆっくり振り向いた。
すると楓さんはまだそこに立っていて声を出さずに口を開いた。
「ま た ね」
口パクでそう言うと手を振った。
ぱあっと目を見開いて瞬にバレないように俺も手を小さく振る。
すると楓さんも嬉しそうに今度は大きく手を振ってくれた。
楓さん……ありがとうございます。
ごめんなさい…本当にごめんなさい…っ…
アパートに着くまでずっとそう呟いていた。
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