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瞬 〜 side
* * 瞬 s i d e * *
『ふぅ。気持ちよかった。
先、お風呂ありがとうな?』
上半身裸の兄ちゃんがタオルで髪を拭きながらお礼を言った。
しかし表情はどこか固い。
まだ気にしているのか、俺の顔色をうかがうようにチラチラと見る。
すると兄ちゃんが鼻をクンクンとし、まるで犬のように鍋の中を覗いた。
『わぁっ!!!』
大きく見開いて目をキラキラと輝かせる。
『めっちゃいい匂いするんだけど!!
もうやばい…お腹ぺこぺこ…っ…!!』
子供のように喜ぶ兄ちゃんの姿に思わずクスりと笑った。
「あ、でも鶏むね肉で作ったんだけど…」
『いいっ。全然いいっ。
カレーなら何の肉でも大好きだもん!!』
……やめてくれ。
だもん!!だなんて、可愛い、、すぎる。
てか服を来てくれ。
ついつい頬が緩んで口元を隠しながら顔を背けた。
すると俺の腰に手が回る。
ビクッとし、慌てて兄ちゃんの方に顔を向けた。
そこにはさっきまでの子供っぽい表情ではなく、優しく甘えた表情だ。
そして鼻の奥で兄ちゃんのシャンプーの香りがした。
『瞬。いつもありがとうな?』
そう言って俺の大好きな表情でくしゃりと笑った。
胸の奥がぎゅっと締め付けられて痛い。
兄ちゃんの笑顔は最大の武器だ。
きっと俺にしか見せないこの気の緩んだ笑顔。
誰にも見せたくない、ずっと俺だけに向ける笑顔であって欲しい。
なんて、独占欲で頭の中がいっぱいになる。
いつからだろう。
兄ちゃんを裏切るような感情を抱き始めたのは……。
それは小学6年生の時だった。
3つ離れた兄ちゃんは当時大人っぽく見えて憧れの存在だった。
いつも明るくて、優しくて、カッコ良くて、頼れる、そんな兄ちゃんが大好きだった。
でも兄ちゃんはその頃、お父さんと折り合い悪かった。
特にお父さんの方が意識してて、煙たがってるように思えた。
家族なのになんか嫌だなと思いはしつつ、特に深く気にしていなかった。
でもそんなある日。
俺は両親が旅行中に高熱で倒れてしまった。
こんな高熱を出したのは初めてで、今でも鮮明に覚えてるぐらい当時はきつかった。
なのにお母さんは旅行でいなかったし、確か沖縄旅行だったっけ…
すぐに帰って来れる距離ではなかった。
でもなぜか不思議とお母さんがいなくても、ちっとも不安じゃなかったんだ。
だって、俺には大好きな兄ちゃんがいる。
それだけで何一つ怖くなかった。
夜中何度も咳で目を覚ましても、気分が悪くて嘔吐しても、嫌な顔一つしなかった。
俺が不安にならないようにって、ずっと背中擦ってくれていた。
だからお母さんがいなくてもへっちゃらだった。
俺には心強い大好きな兄ちゃんがいる。
兄ちゃんがいてくれて本当に良かった。
兄ちゃんの弟として産まれてこれて良かった。
………そう思っていたのに。
「この成績はお前らのせいだろ!」
兄ちゃんがそう言って飛び出し、そのまま家に帰って来なくなった。
………なんで。
俺には兄ちゃんの言葉が全く理解できなかった。
”お前らのせい”
その言葉がずっと頭の中でグルグルと回ってて、兄ちゃんの泣き顔が浮かぶ。
……なんで?なんでなの??
俺が熱なんか出したから?
ねぇ、兄ちゃん?なんで?
どこへ行ったの??
なんでずっと帰って来ないの?
俺のこと邪魔になった?嫌いになった?
もう二度会えないの??
不安で不安で帰って来ない兄ちゃんの事ばかり考えていた。
頭がおかしくなるんじゃないかってぐらい。
寂しくて悲しくてつらくて、毎日泣いた。
お母さんは心配しなくて大丈夫よ、って言ってたけど俺は正気でいられなかった。
高熱なんかより、お母さんがいない事より、兄ちゃんに会えない事がとても辛かった。
兄ちゃん。兄ちゃん。兄ちゃん。
このままもう二度会えないなら……
俺の生きる世界が真っ黒に塗り潰されたような気がした。
……あぁそっか。
俺は兄ちゃんがいないとダメな人間なんだ。
兄ちゃんがいないと生きていけないんだと。
だから今日、音信不通になった兄ちゃんが心配で許せなかった。
また突然いなくなってしまうんじゃないかって。
恐怖、不安、執着。
でも大丈夫。
きっと兄ちゃんも俺と同じで俺だけだって思っているから。
俺はあの日からずっとそう仕向けてきたんだ。
だから兄ちゃんは必ず、この家に帰ってくる。
俺を1人なんかに出来やしない。
時に悩みを聞く親友のように。
時には可愛い弟のように。
俺が兄ちゃんの一番の理解者のように。
そうずっと接してきたんだ。
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