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第16話
傍ではいよいよ高瀬が機は熟したとばかりのニヤケ顔でいる。上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めてベルトを外し、スラックスのジッパーも解いて準備万端といったように舌舐めずりをしている。
「波濤、そろそろ我慢も限界だろう? 意地を張ってないで僕を求めてごらんよ。そうしたら僕は以前のようにとびきりやさしくキミを愛してあげるよ。たっぷりと時間を掛けて、隅々まで愛してあげるから」
誰が自分から求めたりするものか――!
冰はギュッと唇を噛み締めては、例え嬌声のひとつさえ聞かせてなるものかといった心持ちで目の前の男を睨み付けていた。そう、肉体は奪われても精神と魂だけは何があっても屈してなるものかと、固く心に誓う。
「そんなおっかない顔をして――興醒めもいいところだな。どうせなら泣き叫んでくれたりした方が、まだ可愛げがあるというものだよ」
苛ついた高瀬が切り札とばかりに起爆スイッチに手を掛ける。
「ここが吹っ飛べば、少なからず紫月君だって無事ではいられないんじゃないか? キミの強情のせいで部下まで危険にさらすつもりなのか? それとも僕が本気でこれを押すわけないだろうってタカを括ってでもいるのか――」
高瀬は苛立ちのままにスイッチ部分に親指を掛けて冰の顔前へと突き出した。
「僕は本気さ。正直なところを言うとね、キミとこのまま都合良く逃げ果せるなんてハナから思っちゃいないんだよ。今夜一晩キミを充分に味わったら、どのみちキミと心中する心づもりさ」
「……なっ!? どういう……」
「だってそうだろう? 明日になれば龍って野郎も帰って来る。あいつがキミの元を離れる今日という機会だって、苦労して情報を手に入れたんだ。それもこれも今このひと時の為――思いを遂げたら、今度はあの世でキミと愛し合おうと思ってね。それこそ龍の野郎が二度と手の届かない場所だからね」
「…………」
冰は絶句した。高瀬はとうに常軌を逸している――何を言っても彼を思い留まらせるのは無理なのか。
(くそ……ッ! どうすりゃいいんだ……)
高瀬の様子では、些細な気持ちの動揺でもスイッチを押し兼ねない。どうにかしてこの男の思考を死から切り離さなければいけない。冰は必死に考えていた。
ふと、ある一つの考えが脳裏を巡る。
(そうだ、これしかねえ……本当はこんなことしたくねえけど)
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