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第19話

「中はそんなに広くありません。うちの店の接客フロアーの半分くらいでした。事務用の机でほぼ埋まっていて、資料棚と応接セットがありました。片方の壁が一面ガラス張りになっていて、倉庫内を見渡せるような造りでした」  紫月の話では肝心の爆弾本体は事務所の応接セットの近くにある机の上に置いてあって、起爆スイッチは高瀬本人がスーツの上着のポケットに入れていたという。そして、何が何でも冰を手に入れると執念深く言っていたということだった。 「あいつ……雪吹代表を……()るとか抜かしてやがった……。早くしねえと代表が危ねえ……。オーナー……こうしてる間にもあいつ、代表のことを……」  紫月は気が気でないといった調子でそう訴えた。  事実、ドアをぶち破って踏み込む自体は難しいことではない。ただ、今現在、起爆スイッチがどういった状態で高瀬の手元にあるのかが分からないことには、おいそれと手の出しようがない。ヘタをすれば、追い詰められた高瀬が、弾みでスイッチを押さないとも限らないし、そうなれば冰の命に関わることだ。 「皆、離れていろ」  突如、氷川が言った。  静かな声音に決意が見える――  氷川は自らの上着のジャケットを(はだ)けて右手を突っ込むと、黙ったまま事務所へ通じるアイアン造りの階段目掛けて一歩を踏み出した。  右手が触れているのは、脇腹にあるホルスターに収められた拳銃だ。扉を蹴破ったと同時に、犯人を一撃で仕留める――闇夜が映し出す氷川の視線には、孤高の決意が感じられた。  ところが――だ。 「氷川オーナー、待ってください。ここは――俺に行かせてください」  氷川を引き留めたのは遼二だった。 「俺に考えがあります。なるべく大事(おおごと)にせずに収拾できる方法です。任せてはいただけませんか」  囁くような小声で、氷川にだけ聞かせんと耳打ちをする。まるで、氷川がこれからせんとしていることを見抜いているかのような意味深な言葉だ。  犯人を撃ったりして、事を大きくしてはいけない。あなたが手を汚さずとも解決の方法は他にある――まるでそんなふうにも受け取れるような遼二の視線が、じっと真っ直ぐに氷川を見つめていた。  いくら側付きだからといって、まだ出会ってからひと月余りだ。氷川は遼二に自身の境遇を打ち明けてはいない。己が香港マフィア頭領の息子であることも、拳銃を持ち歩くような立場にあることも、無論だ。  眉根を寄せながらも、氷川はその場に踏みとどまった。 「雪吹代表は身を呈して紫月を――こいつを庇ってくれました。今度は俺が役に立つ番です」  遼二の心意気は有り難い。だが一体どうやって踏み込むというのだ。

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