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第26話

 翌朝――  高瀬貿易の倉庫に出勤してきた社員たちが、事務所の床でイビキをかいて爆睡している社長の姿を発見した。  すぐ側には紐でぐるぐる巻きになっている柱とクッションの乱れたソファ、そして催淫剤の小瓶が散乱している。昨夜、冰と紫月が拘束されていたソファだ。冰が縛られていた紐を解いた後、氷川の指示で側近たちがそのまま放置してきたわけだ。  あの後、高瀬には睡眠薬を嗅がせて、事務所の床へと放置してきた。衣服も乱し気味で、スラックスの前も開けたまま転がしておく。  扉にも鍵は掛けず、高瀬の周囲には女性物の化粧ポーチと、そこからこぼれ落ちたふうな口紅やらファンデーションといった化粧品類を無造作にバラ撒いてきた。  出勤してきた社員がこの現場を見たらどう思うだろうか。  誰もいない夜中の倉庫に女性を連れ込んで、社長がいかがわしいことをしていたらしい――案の定、そんな噂が社内中に広まるのは時間の問題だった。  その後、間もなくして高瀬が代表取締役社長の座を退かされたという噂が社交界に聞こえてきたのだった。  高瀬はこれまでの地位と立場を失い、冰を手中にすることもできずに失墜することとなった。だが、絶望の縁で彼が思ったことは、命があっただけでも有り難いという思いであった。  あの夜、氷川の側近である屈強な男たちに見張られている間は、正に地獄であった。いつ何時、暴力を振るわれるやも知れないと思うと、生きた心地がしなかったのだ。  高瀬はこれまで裕福な家に生まれ育ち、両親はもとより周囲からも大事にされてきた身だ。幼い頃からエスカレーター式の一流校に通い、財閥ということで学友たちからも一目置かれることが当たり前だった。温室育ちの彼にとっては、ヤクザ映画を観るのも腰が引けるというふうだった為、あの夜の出来事は、ともすれば一生のトラウマになる程の恐怖の体験だったのだ。  本来であれば、骨の一本や二本、へし折られていたかも知れない。いや、もっと恐ろしいことになっていたとも考えられる。そんな高瀬にとって、今現在、無傷でいられることが奇跡のように思えていたのだった。  龍こと氷川白夜とは一体何者なのか――考えただけで身体中に震えがきそうだった。  彼の素性を知ることは、生涯ないであろう。二度とあの男の顔を見るのもご免だ。高瀬はそう思いながら、逃げるようにこの日本を後にしたのだった。 ◇    ◇    ◇ club-xuanwu extra 前編「過去からの招待状」 - FIN - 次回からは後編「未来への招待状」です。

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