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 長い挨拶を終え、英一家が手を振って玄関を出る。 「ほら、江ちゃんも手振ったら?」 「……」  母親に促されて小さく手を振る江彦の顔はどこか浮かない表情だった。本当は遊びたかったとありありと書いてあるが言葉にするつもりはないらしい。それでも手を振ったのは、健斗が手を振っていたからだった。健斗が振っているのに、振らない訳にはいかった。 「あのこ、かわいい」 「とってもいい子そうだったね。仲良くなれそう?」  健斗の可愛らしさに江彦は顔を真っ赤にしながら母親の服の裾を引く。三才とは思えないほど大人びている江彦の珍しい動作に母親は驚きつつも立ち止まって視線を合わせる。 「どうしたの?」 「おかあさん、あのこつれてかえろう」 「あら珍しい。でもそれはちょっと無理ねぇ」  江彦は無理だと言われても欲しかった。無理だと言いながら笑う母親に納得がいかないけれど、今は大人しく家に帰るしかなかった。

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