11 / 21

先き立つ者 10

 宣言通り、雪耶は毎日俊幸の元を訪れては、暴行を加えるようになった。 「さっさと立て」 「頼む、今日は無理だ。やめてくれ……」  日に日にエスカレートする陵辱の嵐に、俊幸の身体は悲鳴を上げていた。  だが俊幸が少しでも抵抗しようものなら、雪耶は決まって同じ言葉を口にするのだ。 「俺が同じことを言っても、あんたはやめてくれなかったよな?」 「あの時は悪かった……俺が全部悪い。でも今日は本当に……」 「だったら、今日はいつもと違うことしてみるか?」  不敵な笑みを浮かべた雪耶を前に、俊幸は自分の判断が間違っていたと知る。無意識に身体が震え、身を守るように少しずつ後ろへ下がった。 「逃げるなよ」  雪耶が上着のポケットに両手を突っこみながら、距離を縮めてくる。  壁際へと追いこまれ、みるみるうちに退路を閉ざされた。膝が崩れ、ついには壁を背に座り込んでしまう。前方には雪耶が迫り来る。俊幸に残された逃げ道は、目の前の息子を見上げ、懇願するのみだった。 「頼む……」 「これ、あんたに会う前に偶然見つけたんだけどさ」  俊幸と同じ高さにしゃがみこんだ雪耶は、その声を遮り、話を転換させる。ポケットから何かを取り出し、それを俊幸の眼前に突きつけた。 「覚えてるか?」  はじめはピントが合わず、それが何なのかが、すぐにはわからなかった。目を細めると、おぼろげな輪郭が徐々にくっきりとしてくる。時間の経過を感じさせるセピア色のフィルム。錆びついた鈍色。そして、目に焼きつくような赤色。  それは雪耶が年長時に使っていた名札だった。幼稚園を卒園し、小学校に上がるときに、どうしても捨てられなくて記念に取っておいたものだ。  しかし、俊幸にとって、それは決して人目についてはならないものでもあった。 「これをどこで……」 「生前整理ってやつで家の中漁ったら出てきた」 「生前整理って、まさか俺の――」 「とっくに捨てただろうと思ってたけど……まあいいや。どうしてこれがあんたの部屋にあったんだ?」 「それは……」 「しかもご丁寧に鍵のついた引き出しの中とか。あれで隠したつもりかよ」 「……見たのか?」 「ああ。同じ場所に他にも色々としまってあったな。写真とか絵とか……ガキの頃のパンツとかな」 「……っ」 「あんた、いつから俺のことをそういう目で見てた? キモいんだよ」 「……」  返す言葉もなかった。雪耶に知られてしまった。俊幸が最も隠したかった過去の過ちを。

ともだちにシェアしよう!