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先き立つ者 10
宣言通り、雪耶は毎日俊幸の元を訪れては、暴行を加えるようになった。
「さっさと立て」
「頼む、今日は無理だ。やめてくれ……」
日に日にエスカレートする陵辱の嵐に、俊幸の身体は悲鳴を上げていた。
だが俊幸が少しでも抵抗しようものなら、雪耶は決まって同じ言葉を口にするのだ。
「俺が同じことを言っても、あんたはやめてくれなかったよな?」
「あの時は悪かった……俺が全部悪い。でも今日は本当に……」
「だったら、今日はいつもと違うことしてみるか?」
不敵な笑みを浮かべた雪耶を前に、俊幸は自分の判断が間違っていたと知る。無意識に身体が震え、身を守るように少しずつ後ろへ下がった。
「逃げるなよ」
雪耶が上着のポケットに両手を突っこみながら、距離を縮めてくる。
壁際へと追いこまれ、みるみるうちに退路を閉ざされた。膝が崩れ、ついには壁を背に座り込んでしまう。前方には雪耶が迫り来る。俊幸に残された逃げ道は、目の前の息子を見上げ、懇願するのみだった。
「頼む……」
「これ、あんたに会う前に偶然見つけたんだけどさ」
俊幸と同じ高さにしゃがみこんだ雪耶は、その声を遮り、話を転換させる。ポケットから何かを取り出し、それを俊幸の眼前に突きつけた。
「覚えてるか?」
はじめはピントが合わず、それが何なのかが、すぐにはわからなかった。目を細めると、おぼろげな輪郭が徐々にくっきりとしてくる。時間の経過を感じさせるセピア色のフィルム。錆びついた鈍色。そして、目に焼きつくような赤色。
それは雪耶が年長時に使っていた名札だった。幼稚園を卒園し、小学校に上がるときに、どうしても捨てられなくて記念に取っておいたものだ。
しかし、俊幸にとって、それは決して人目についてはならないものでもあった。
「これをどこで……」
「生前整理ってやつで家の中漁ったら出てきた」
「生前整理って、まさか俺の――」
「とっくに捨てただろうと思ってたけど……まあいいや。どうしてこれがあんたの部屋にあったんだ?」
「それは……」
「しかもご丁寧に鍵のついた引き出しの中とか。あれで隠したつもりかよ」
「……見たのか?」
「ああ。同じ場所に他にも色々としまってあったな。写真とか絵とか……ガキの頃のパンツとかな」
「……っ」
「あんた、いつから俺のことをそういう目で見てた? キモいんだよ」
「……」
返す言葉もなかった。雪耶に知られてしまった。俊幸が最も隠したかった過去の過ちを。
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