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先き立つ者 16

 やがて聞こえた雪耶の声。それはあまりにも切ない響きを帯びていた。 「ごめん……父さん……」  顔を上げた先にいたのは、いまにも泣き出しそうな表情の雪耶だった。 「雪耶……!」  その顔を見た途端、俊幸は雪耶を抱きしめていた。雪耶は驚いたように肩を揺らしたが、結局はされるがままになっていた。胸に抱いた息子はより幼く見え、俊幸がその手を離せば簡単に崩れ去ってしまう儚さも持ち合わせていた。 「俺……どうしても、父さんに会いたくて……」 「いいんだ雪耶。お前は悪くない。俺の、自慢の息子だ」  腕を回した背中には骨が浮き出ており、高熱だというのにもかかわらず、その周囲には独特の冷たさが宿っていた。 「……っ」 「大丈夫か?」 「うるさい……大丈夫だって、言って――」  突然、雪耶は激しく咳き込み、どろどろとした何かを吐いた。ゲル状のそれは真下にいた俊幸にも降りかかり、俊幸は一瞬パニックに陥りかけた。 「な、なんだ……これ?」  頬に垂れるそれを指で絡め取る。どす黒い血の塊だった。 「雪耶!」 「うるせ……はなし、かけんな……っ」 「待ってろ、すぐに救急車呼ぶから」  俊幸は腕を伸ばし、手近にあった携帯電話を手に取った。雪耶はその間も激しく喀血し、苦しそうに喉を掻きむしる。尋常じゃないその様子に、俊幸は足の震えが止まらなかった。 「くそ、くそ、くそっ!」  雪耶は悔しそうに、何度も何度も拳を畳へと叩きつける。  救急要請を終えた俊幸はその手を掴み、雪耶がこれ以上傷つかないように阻止した。 「雪耶……大丈夫、大丈夫だから……!」 「くそ……嫌だ、父さん……っ」 「雪耶……雪耶……」  俊幸は雪耶の身体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。雪耶もまた俊幸の背にすがりつき、痛みに耐えるように爪を立てた。背中に食いこむその痛みが、雪耶の想いと共に俊幸の身体に浸透する。 「生きたい……生き、たい……俺は、生きたい……!」  生を渇望するその痛みに、雪耶の願いに、俊幸は堪えきれない叫びを上げた。

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