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先き立つ者 18

 雪耶の死から二、三日が経っても俊幸の日常は変わらない。てきとうな時間に起きて、そのまま布団の中で過ごし、眠たくなったら寝る。  離婚した妻から一度だけ連絡が入ったが、それは喜ばしい内容ではなかった。葬式には来るな。香典もいらない。もう二度と、手紙を寄越さないでほしい。  完全に拒絶されてしまったが、俊幸は食い下がる。せめて墓の場所を教えてくれ、このままでは墓参りもできないと懇願した。  この一言が妻の逆鱗に触れたようで、通話は途切れてしまった。 「最低の男……か」  電話越しに聞こえた妻の最後の言葉だ。 「そうか……俺はもう、父親ですらないのか」  ようやく自覚した真実は、俊幸に残された希望を無残にも踏み躙るだけだった。  聞けば、雪耶は末期の癌だったらしい。若さゆえに進行が早く、気づいたときには全身に転移していて、手の施しようがなかったそうだ。  余命宣告を受けた雪耶が取った行動。それはある日突然姿を消した父の行方を探すことだった。  あんな思いをした元凶である父に会って、雪耶は何がしたかったのだろう。雪耶の本心はいまでもわからない。だが自殺未遂の痕を見られた後、雪耶は豹変した。  いま思えば、命を蔑ろにしただけではなく、あろうことか余命幾ばくもない息子に、父親である自分を殺してくれと懇願したのだ。生きたいと強く願う雪耶に対して、知らなかったとはいえ、なんて愚かな真似をしてしまったのだろう。  そのときから雪耶の陵辱はエスカレートしていった。 「雪耶……」  俊幸の身体にはいまでも雪耶が残した痕がくっきりと刻まれている。表面的な傷だけではなく、彼を受け入れた後腔は切なく疼き、内側から甘い刺激を欲していた。 「……っ、ん……ふっ、ぁ……」  俊幸は下着の中に手を入れ、ひくひくと収縮するそこを慰めようとした。だが、雪耶がしてくれたように、奥にある前立腺を刺激しても、一向に快楽は得られない。達するにはほど遠いのだ。 「ああ……ぁ、雪耶……」  自分の指を雪耶のものと見立てても、結果は変わらない。俊幸はもう、雪耶の存在なしでは、性的興奮を得られなくなってしまったのだ。  だが雪耶はもういない。俊幸が生きる理由はなくなってしまった。絶望の淵に落とされた俊幸は、今度こそ死のうと心に決める。

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