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梅雨の君 4

 明日、俺は実家に帰る。その後の事はまだ決めていない。もしかしたら、この街で過ごすのはこれで最後かも知れない。そう考えながら仕事から帰宅してすぐ荷造りをした。 此処を離れる、そうなってから真っ先にコインランドリーのあの常連の事を思い浮かべた。彼と過ごすあの特別な時間はもう二度と味わえないかも知れない…。そう思うと急激に苦しくなった。 寂しい、切ない。 淡いものだと思っていたのに、失うとなるとひどく気持ちは増幅する。  俺は、彼に恋をしている。 疑いようもなくなった。彼と話さなくても、たださり気なく見つめているだけで、同じ空間に居るだけで嬉しかった。彼の些細な変化に気づいた時、仕草や好みを真似てみた時、何気なく視線が合った時、押し殺してきたけれど俺は舞い上がる程、嬉しかったのだ。  平坦な一人暮らしの日常の中で梅雨の時期の洗濯の時間が何よりも楽しみだった。春が終わる頃、空気がジメジメしてくるのを心待ちにした事なんて彼に出会うまで有りもしなかった。そしてこれからも、それを待ちわびる事はきっと無くなるのだろう…。  何も知らない梅雨の君に、俺は確かに恋をしていた。

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