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梅雨の君 5

 部屋の掃除をしたせいで今日は洗濯物がいつもよりも多い。 夜の十一時、俺はコインランドリーの乾燥機を回す。平日のこの時間帯は殆ど人が来ない。今夜も客は俺一人だった。その事にとても安堵する。  先週の土曜日、彼は漫画の八巻を読んでいた。今日また同じ漫画を読むかどうかは分からない。気付くか気付かないか、これは賭けだ。漫画の九巻を手にしながら俺は勇気を振り絞っていた。これで最後、それが俺を突き動かしている。もういい大人になったというのに、まるで学生のような若く青臭く拙いことをしようとしている。その自覚はある。  意を決して九巻の1ページ目に、家で書いてきた手紙を挟み込む。二十代も半ばを過ぎているのに恋文を送るなど絶対に引かれるだろう。それにこんなものは初めて書いた。緊張して激しく荒れる動悸に手元が侵されてガクガク震えながら、そっと本棚に漫画を戻す。膝が笑っていつものベンチにへたり込んだ。どう思われるか怖くもあったし、馬鹿げてると呆れている一面もあった。けれどこれが最後…彼の事は何も知らないが僅かでいい、自分と彼とがここで過ごした事を何らかの形で残したかった。そしてその方法を、昨日の今日ではバタバタし過ぎてこんな方法しか思いつけなかった。  乾燥が終わるまでの五十分、今にもはち切れそうな心臓とのたうち回りたくなる感情の衝動と戦っており、あっという間だった。一人きりの室内で何度も溜息を吐いた。湿気で曇ったガラス窓に夜の帳。雨のニオイとたくさんの機械のニオイ。モーターの音。彼が座っていた椅子と、彼の真似をして飲んでいた温かいミルクティーの味。二年半の間の彼との待ち時間を思い返して、乾燥時間残り十分で噛み締める。土曜日にはもう来られない。  ここのコインランドリーのチャージカードは残高が五百円だった。

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