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梅雨の君 8
メモパットから大雑把に剥ぎ取られ切り口がガタガタに破れた、どこかの会社の社名入りのメモが一枚挟まっている。角ばった大振りな文字でここではない別のコインランドリーの店名と場所が走り書きのように書いてある。隅に「手紙の方へ」と綴られていた。
店内の時計を見ると夜十一時。俺はなぜか並べた漫画をまた紙袋に戻す。慌て過ぎてあの九巻も持って来てしまったことに気付くのはもっと後の事だった。
今日は土曜日、思い出しながら車に乗り込む。カーナビで検索しながらメモに書かれていたコインランドリーまで、怒涛の勢いのままやって来てしまった。まだ新しいその店舗に人気は無い。駐車場がとても広くて、すぐ側にコンビニがある。敷地の奥に歯科医院があって花壇に青い紫陽花が植えられているのがヘッドライトの光に照らされて見える。
やはり湿気でランドリーの窓は全部結露している。馴染みのない明るくキレイな店内は少しオシャレな作りになっていて、雑なラインナップの漫画本の棚はなかった。洗濯物を持っていない俺は、手紙の返事があった事に思いっきり舞い上がって空回りしているのを落ち着けようと自販機に寄る。カップ売りは無かったが、缶のミルクティーがあった。一台も洗濯機も乾燥機も回っていないコインランドリーは結構静かなものだ。使い込まれていなくてフカフカの椅子に座り込む。何度も溜息が漏れた。何を浮かれてしまっているのだろう。今になって顔を合わせる勇気は無い。それに、もう一年以上年月が過ぎている。自分に起きたように誰しもにどんな変化が起きていてもおかしくは無い。何の保障もないし、何の約束もしていない。分かっているのに、どうしても期待してしまう。手紙が届いた事が、返信を貰えたことが嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。その気持ちを抑えることも誤魔化すことも出来ない。帰ろう、帰ろうと何度も思いながら、俺はズルズルとそこに居座ってしまっていた。店内の時計は間もなく十二時。一時間もこうしている。俺の溜息で曇ったのではないかとも思える窓ガラスから雫が幾重もつたい落ちている。
出入り口の自動ドアの硝子が、テールランプの赤い光を反射した。
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