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第150話 目と鼻の先 4

どうしよう・・・このままじゃ、女のカッコで帰るハメになってしまう・・・! 「あ、そーだ!青に電話して着替え持ってきてもらえば・・・」 ・・・って、スマホ・・・ポッケに入れたまんまだったんだ・・・。服ごと無いんじゃどうしようもねぇ・・・。 「いいじゃん。そのまま帰れば。マンションすぐそこなんだろ?」 「・・・それしかないっすよね。はぁぁぁ」 ついてねぇ・・・。 「涼太、顔、よく見せて」 ガックリ肩を落とすオレの顎を、雄大さんが持ち上げる。 「・・・ここまで来たらもう、いっその事笑ってくださいよ」 「笑えないよ。だって、ほんと好みなんだもん、お前の顔。ほんとそっくり」 え?そっくり? 「雄大さんの好きな人に似てるんすか?オレ」 「うん。似てる」 雄大さんに、顔をまじまじと見つめられる。 「あの人はこんなに近付かせてくれないだろうな」 「ちょ、近すぎますって!」 お互いの鼻先が掠りそうなくらいまで近付かれて、思わず雄大さんの手を振り払う。 「すいません、つい。でも近いです」 「なんで男同士なのにそんな警戒するかな。もしかして、俺の事、好きとか?」 は?なわけねーだろ! 「・・・なーんか、涼太見てると虐めたくなるなぁ」 雄大さんの両手で両手首を掴まれ、履きなれないヒールで足元がグラつく。 「おっと、危ね」 体制が崩れたオレの腰に、雄大さんの手がまわって体が密着してしまった。 「涼太、抱き心地までいいじゃん。あの人とそっくりだし、なんか、変な気起こしそーだな」 「っ!ふざけないでください!もうこのまま帰ります!離してください!」 「ハイハイ。コケないように帰れよ」 パッと手を離して雄大さんは会議室から出て行った。 なんなんだよ、も~! オレも帰ろう。もう18時じゃん。青、昨日は泊まりだったし家で寝てるな・・・。 よし、帰ってソッコーで着替えよう。青に女装姿を見られる前に。 人気の無くなったオフィスに入り、パソコンで退勤登録をして、猛ダッシュで会社を出る。 5分だ。5分我慢すれば家に着く。 うう~。なんでこんなカッコで外歩かなきゃなんねんだよ!拷問だ・・・。 ドンッ 俯き加減で歩いていた為に、すれ違いざまに人とぶつかってしまった。 「すいませ・・・」 「イヤ、こっちこそ・・・」 顔を上げて、ぶつかった相手の顔を見て凍りつく。 「ああああ青。なんでこんなとこに・・・寝てるハズじゃ・・・」 「え!?涼太!?なんだよそのカッコ・・・美織さんかと思った」 ガーン。・・・オレだって思ってんだよ、それ・・・。 「なんでこの時間にここにいるんだよ」 大人しく寝てろよな! 「迎えに来たんだよ。こんな近距離通勤なのに帰ってくんの遅いから」 いらねぇ!こんな近距離だからこそ迎えとかいらねぇだろ!しかもなんで今日に限って・・・ 「とにかく、さっさと帰るぞ!っ痛!」 歩き出してすぐに踵に痛みを感じて、見てみると、靴擦れで皮が剥け血が滲んでいた。 「大丈夫か?おんぶする?」 青が傷口を見て心配そうに顔を覗き込んでくる。 「いい。大丈夫」 こんなんでおんぶまでされたら、末代までの恥だ!(青と一緒にいる時点でオレが末代か・・・) 「じゃあ、ハイ」 右手を差し出してくる青。 ・・・手、繋げって事? 「今の涼太見て、誰も男だなんて思わねぇよ」 ・・・クソ。 渋々青に差し出された手を握り返す。 マンションの前まで来て、青の足が止まる。 「どした?入んねぇの?」 「こんな堂々と手繋いでても、変な目で見てくるヤツらがいねぇなんて。このまま帰るのもったいねぇな、と思って」 そういや、男同士で手繋いでんのに誰も見てこなかったな。 「・・・もうちょいなら、付き合ってやってもいいけど・・・」 オレがそう言うと、青が嬉しそうな顔をして顔を寄せてくる。 「キス、していい?」 ・・・まあ、このカッコなら誰もオカシイと思わねえか。 「うん」 オレの唇についたテカテカを青が袖で拭って、そっと唇を重ねてくる。 「う、んんっ」 ちょ、キスしていいとは言ったけど、舌を入れていいなんて言ってねえ! ヒールに高さがある分、いつもより青が近い。同時にその不安定さがいつもよりも足元を覚束無くさせる。 「ふ・・・う・・・」 「涼太。やっぱ帰るぞ」 「え・・・」 急に帰ると言い出した青に手を引かれて、マンションの中へ入る。 この後、青のとんでもない変態ぶりを目の当たりにするなんて、オレはまだ知らなかった・・・

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