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第164話 当て馬の本気 4
いつだってそうだ。
涼太が誰かに触れた時、触れられた時、気が狂いそうになる。
誰かに奪われそうになった時、いっそそいつを殺してやりたくなる。
涼太がもし、俺から離れるなんて事があったら・・・きっと俺は涼太を・・・
「あ、お・・・痛、い・・・」
涼太の声で、はっと我に返って体を離すと、俺が噛み付いた歯型がくっきりと涼太の首に浮かんで、白く薄い皮膚を破り血が滲んでいた。
「オレは、ヤキモチ妬くことも許してもらえねぇの?」
涙目になった涼太が、首に滲んだ血を手の甲で拭う。
「違う。俺は、涼太に俺と同じくらい求められたいだけだ」
「オレは青が好きだよ。さっきみたいな事があったら、嫉妬で見たくないって思うくらい」
「そんなんじゃ足りねぇんだよ。もっと、もっと・・・涼太に・・・」
涼太は不思議そうな顔で、俺の瞳を覗き込む。
綺麗なアーモンド型の透き通るような薄茶色の瞳。この瞳に映るのが、俺だけだったら・・・
俺は欲望だらけの気持ちを押し殺す。
「・・・ごめん。妬かせるようなことして。あと、強く噛みすぎた」
「うん。オレもごめんな。妬いてないって嘘ついたから」
首に回った涼太の腕に引き寄せられて、ぎゅっと抱きしめられる。
「もう触んなよ。女の子」
甘えてんの?甘えてんの、涼太!?
やっべぇ、かわいすぎてこんなとこなのに押し倒したく・・・
ガチャ
ドアが開いて中年のおっさんが入ってくる。
「ぐぅッ!」
涼太の拳が思いっきり腹にくい込んで、俺はその場に蹲る。
ちょ、いくら見られたらマズイからって、コレはねぇだろ・・・(涙)
「オレ、もう戻るから!」
「兄ちゃんたち喧嘩はだめだぞ~」
「してません!」
酔っぱらいのおっさんに絡まれつつ、トイレを出ていく涼太。
涼太が俺を好きでいてくれるのは、分かっているつもりではいる。
それ以上を望んで、俺はどうするつもりなんだ・・・。2年前のように涼太を監禁してしまえば満足するのか・・・?
でも、もうあんな事はしない。もう、あの頃とは違う。大人になってるんだから。
だけど、俺はきっと・・・あの頃のままだ。
テーブルに戻ると、涼太は会社の人達に首の傷の事を問い詰められていた。
「なんでもないって、だって血出てるよ?」
「本当に、なんでもないです。ちょっとトイレのドアにぶつけただけですから!」
「涼太、嘘つくの下手過ぎないか?ドアが噛み付いてくんの?」
俺が戻って来たのに気付いた佐々木が、涼太の首の傷にわざとらしく触れる。
「こんな風に噛みつかれて、酷い扱い受けてんだな。俺だったら傷ひとつ付けないでかわいがってやるのに」
「もう、いいですって、雄大さ・・・」
「俺が噛んだんですよ」
俺は、隣のテーブルに向かって思わず口走っていた。
「え・・・?涼太くんのお友達が噛んだの・・・?」
涼太の向かいに座る女性が、驚いたように俺を見る。
「ちょ、青、何言ってんだよ。やめろ」
「友達なんかじゃありません。付き合ってます」
涼太の同僚と俺の同期達が一斉にザワつき出す。
でも、もう止められない。誰がどう思おうと、涼太は俺のものだ。
「へえ。付き合ってるんだ?それならよかった」
佐々木はニコッと笑って涼太の肩を抱き寄せる。
「彼氏からこんな雑な扱い受けてる可哀想な涼太を、慰める理由ができた」
俺の言動まで逆手に取ってみせる佐々木に、心底腹が立った。
「涼太、帰るぞ」
「あ!ちょっと待てって!帰るわけには・・・」
周りの引き止める声も野次も、もうどうでもよかった。とにかく涼太を佐々木から遠ざけたかった。
完全な独占欲だけで俺は突っ走っていた。
無理やり涼太の手を引いて居酒屋を出て、タクシーを拾い、後部座席に引きずり込んだ。
「青!あんなことすんなよ困る!」
手首を掴んだ俺の手を、怒った涼太が振り払おうとするが、俺はより一層強い力で握りしめる。
外れないと思ったのか、涼太は抵抗を諦め、力無くシートに腕を落とした。
「・・・もっと大人になれよ、頼むから」
涼太は窓の外の流れる街の灯を見ながら、小さく呟いた。
窓に写った涼太の顔は、怒っているようにも呆れているようにも見える。
「大人がいいなら、佐々木に慰めてもらえよ」
違う。こんな事を言いたいんじゃない。
気まずさから、掴んでいた涼太の手を離す。
「・・・そうかよ。わかった」
タクシーを停めて、涼太が降りる。
俺は引き止めることも、涼太の後ろ姿を見ることも出来なかった。
自分がどうしようもないくらいガキだと思い知らされた。
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