164 / 210
第165話 子供じゃない 1
タクシーを降りた涼太が帰ってきたのは、翌朝になってからだった。
顔を合わせたが、涼太は「ただいま」と一言だけ言ってシャワーを浴びに行った後、俺が仕事に行くまで自室から出てくることはなかった。
どこで何をしていたかとか、佐々木と一緒だったのかとか・・・問い詰めたい気持ちに押しつぶされそうになった。
けれど、真実を知ってしまったら何かが終わるような気がして、涼太の部屋のドアを開けることが出来なかった。
「山田おはよう」
スクラブに着替えるためにロッカールームに入ると、昨夜一緒に飲んでいた同期の中のひとり、黒縁メガネの高橋が話しかけてくる。
「おはよ。昨日は・・・なんか悪かったな」
あんな風に帰ったから、申し訳なさと気まずさが入り交じる。
「ああ、全然気にしてないよ。・・・といっても、山田達が出てった後、お隣さん達と一緒にお前らの話で盛り上がっちゃって」
高橋は思い出し笑いをしながら続ける。
「そしたらさ、山田と一緒に帰ったはずの涼太が戻ってくんだもん。みんなビックリして」
やっぱり涼太は佐々木のところに行ったんだな・・・。
心臓が嫌な音で軋み出す。
つーか高橋、なんで涼太を呼び捨て?
「涼太が、お騒がせしましたって頭下げて、その後は、みんなで質問攻め。もちろんお前との事ね」
質問攻めって・・・何聞かれてどう答えたんだよ・・・。
「んで結局、向こうの部長さんの奢りで5時近くまでみんなでカラオケ。もう俺たちチョー寝不足だから」
5時までカラオケ?じゃあ涼太は佐々木とふたりじゃなかったって事か?
「あのさ、涼太っていいヤツだな。ちゃんと山田との関係も隠さず話してくれたし。俺、昨日の山田見て、正直引いてたんだよ。でもさ、涼太と話して思ったんだよ。山田が好きになんのもなんかわかるな~って」
高橋が楽しそうに涼太の話をする様子に、また胸がザワつく。
「あ、安心して。俺そんな趣味ないから。でも、あれ絶対、涼太からなんかフェロモン的なの出てるわ。顔もキレイだしね」
自分の恋人が誰かにそういう目で見られてて、どこをどう安心しろと・・・?
「俺もう行かなきゃ。あ、ちなみにだけど、山田の事好きかって聞いたら、恥ずかしそうに、好きだって言ってたよ。あんな彼氏なら俺も欲しいわ」
高橋がロッカールームを出ていって、俺は自分のロッカーに頭を突っ込む。
佐々木と涼太が二人きりじゃなかったっていう安心と、涼太が俺との事を隠さずに話してくれた事、恥ずかしそうに俺を好きだと言ってくれた事・・・。
俺がくだらない独占欲に塗れていた裏で、涼太は俺の事をちゃんと想っていてくれた。
自分の情け無さと、涼太への愛おしさでどんな感情になっていいかわからない。
「はあ。どんだけ好きにさせれば気が済むんだよ、アイツ・・・」
トントン、と肩を叩かれてロッカーから顔を出すと、同期のぽっちゃりくん、嶋がにこっと微笑んでいる。こいつも昨日一緒に飲んでいたうちのひとり。
「嶋、おはよう。昨日は・・・」
「山田、ロッカーに頭突っ込んで独り言。だいぶアヤシイよ?」
「・・・ほっとけ。・・・昨日はごめん」
「いいよ。山田より涼太と一緒にいる方がおもしろかったし」
なんでこいつも涼太を呼び捨て??
一晩で見ず知らずの奴らを手懐ける無表情涼太のコミュ力の高さ、半端ねぇな・・・。
嶋に急かされてようやく俺はスクラブに袖を通す。
ああ、早く帰って涼太に思いっきり抱きつきてぇ・・・。
ともだちにシェアしよう!