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第184話 それぞれの夜 4

残り2日。 今日は、店内の白地図を作成し商品の配置決め、備品の発注等をして、早目に切り上げ4人で飲みに行く事になった。 「みんなお疲れ。明日店舗組は、新スタッフのOJTだな。頑張れよ~」 乾杯の合図は雄大さんのダラっとした掛け声。 「本社組は店長達とミーティングですか?」 「そうだよ。ミーティングという名の雑談。17時で切り上げるから、OJTも時間内に終わるようにやってくれ」 雄大さんがタケルに答える。 明日は21時までには家に帰れそうだな・・・。 早く帰って風呂に浸かりてぇ~。ビジホの最上階に大浴場があったけど、タトゥーのせいで入れないし・・・。 「涼太?どうした、疲れたか?」 「いえ。大丈夫です」 オレのグラスのサワーが減らないのを見て、雄大さんが隣から顔を覗き込んでくる。 「佐々木さん。涼太さんは酒弱いんです、あんまり無理させないでください。それに今夜はふたりが同室ですよね?涼太さんが潰れたら危険です」 雄大さんを牽制するようにタケルが言う。 「・・・へぇ。危険ってわかってるんだ?」 「仕事中も涼太さんにベタベタ触って、危険以外の何があるんですか」 「言っとくけど、部屋は代わらないよ。瀬戸くんはいびきうるさいし、加藤くんとは息が詰まりそうだったしね」 「涼太さんに何かしたら、許しませんよ」 「指一本触らないよ。それだけは言っておく」 雄大さんとタケルのやり取りを見て、瀬戸がチラッとオレの方に目を向けた。 「何も言うな。オレだってなんて言っていいかわかんねんだから」 なんで男しかいないのに、こんな話になってんだか・・・ とはいえ、雄大さんを警戒しておくに越したことはない。オレはアルコールを控える事にした。 部屋に戻り、雄大さんが大浴場へ行っている間にシャワーを済ませ、早々に毛布に包まり目を閉じた。 雄大さんが部屋に戻ってきたのがわかったが、寝たフリをする事にした。 「涼太、寝たのか?」 ・・・・・・・・・・・・ 「・・・困ったな。明日エリア長も来るし、確認しとかなきゃいけない事あったんだけどな・・・」 ・・・・・・・・・・・・ダメだ。仕事のことは無視できねぇ。 「まだ起きてます。売上予測と人件費の資料ですよね。ちゃんと持ってきてますよ」 起き上がり、バッグから取り出したファイルを雄大さんに手渡す。 「ああ、これこれ。持ってきてなかったらFAXで送ってもらおうと思ってたんだ。さすが涼太」 「持ってきといて良かったです。じゃあ、ほんとに寝ます」 「やっぱ寝たフリだったか」 雄大さんが接近してきて、思わず後退りベッドに体を半分起こした状態で仰向けに倒れてしまった。 雄大さんは覆い被さるようにベッドに両手をついて、オレの体を囲う。 「ちょ・・・、ゆ、指1本触らないんじゃなかったんですか?」 マズイ。また先輩を蹴らなきゃいけない状況になってる! 「触らないよ。絶対に。涼太が避け続ければ、接触しないだろ」 ええ!?なんだよ、それ!オレ次第なのかよ! 「うっわ!」 顔を近付けてくる雄大さんから逃げるように、オレは少しだけ浮かしていた上半身をベッドに沈めた。 「なんだよそれ。そんなに俺とキスすんの嫌?」 「つか雄大さんとキスする必要性が無いでしょ!もういい加減に・・・」 ヴー・・・ヴー・・・ヴー・・・ ヴー・・・ヴー・・・ヴー・・・ 電話・・・?オレの・・・ ベッドサイドに置いてあるスマホに手を伸ばすと、先回りした雄大さんの手にスマホを奪われた。 「・・・同居人か。涼太の危険、察知されちゃったかな?」 ふっ、とイタズラっぽく笑う雄大さんは、画面に指をスライドさせる。 「ちょ、勝手に・・・」 「もしもし。涼太の携帯ですけど~。勘が鋭いのは褒めてあげるけど、涼太、今ちょうど俺に追い詰められてるところだから邪魔しないでくれる?」 ・・・は!? 勝手に電話に出たうえに、とんでもない事を言って電源を切る雄大さん。 「じゃあ、続きしよっか・・・」 プツン、とオレの頭の中で何かが弾けた音がする。 「そうですね。しましょうか、続き」 雄大さんのTシャツの襟元を掴んで、自分から唇を近付け、怯んだ雄大さんを引き倒し腹の上に跨る。 「涼太、急にどうした?まあ、俺は嬉しいけど・・・」 強気で攻めて来ていた雄大さんは、オレの急変に戸惑っている様子。 「服、邪魔なんで、ちょっと待ってください」 ベッドの上、雄大さんの両足の間で立ち上がり、オレは自分のTシャツの裾を握る。 「・・・なわけねぇだろ!」 「ヒッ・・・!!」 オレは、雄大さんの太腿の間、股間スレスレの所に、勢いを付けて思いっ切り足を振り下ろし踏み込んだ。ギシッ、とベッドが軋んで、雄大さんは顔を青くする。 「最悪の場合、オレがなんかされるのはかまいません、最悪の場合ですけど!・・・・・・でも、青を傷付けんのだけは許しません」 「・・・わ、わかった。悪かった。もうしない。涼太、落ち着こう、な?」 冷ややかに見下ろすオレに気圧されたのか、雄大さんはスマホの電源を入れて差し出してくる。 オレは静かにスマホを受け取り、青に電話を掛け直す。 『涼太!?』 ワンコールも鳴らないうちに青が電話に出る。 「安心しろ。なんかされそうになったら、タマ潰して下水に流してやるつもりだから」 青と話しながら、オレは雄大さんの股間に足をのせ、押し潰すように力を入れる。 ひぇっと、情けない小さな声を上げる雄大さん。 『・・・あんま心配させんなよ。マジで・・・』 電話越しの弱々しい青の声に、胸が痛くなる。 オレだって男なんだから、心配なんかしなくてもいいのに・・・。 「だいじょぶだよ。・・・・・・じゃあ、明日な」 電話を切りベッドを見下ろすと、目が合った雄大さんは、ヘラッと引き攣った笑顔を作る。 「・・・ごめん。あの、もう寝よっか」 「はい。おやすみなさい」 股間にのせていた足を下ろすと、雄大さんは隣のベッドに移動してすぐに布団をかぶる。 それを見たオレも、横になり毛布に包まった。 こうして無事(?)3日目の夜も更けて行ったのだった。 帰った後、オレの出張中に青が溜めたストレスをブチ撒けられる事になるなんて、予想すらしていなかった。

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