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第201話 強欲 1

涼太とふたり、マンションに帰る。 何も聞いてこない涼太。 俺がじいさんに会いに行ってた事、どう思ってんだ・・・? 脱いだジャケットをダイニングの椅子に掛け、涼太はソファに仰向けに倒れ込む。 「つっかれた・・・。親父、マジで往生際悪いし。つまんねぇ話ばっかでしつこい・・・」 俺達の見合い(?)に納得しきれない小林父は、涼太をマンションに帰らせたくなかったのか、食事が済んだ後、涼太の成長過程を泣きながら3時間も語り・・・ 最後には、普段おっとりしている小林母を怒らせ、タクシーに蹴り入れられて帰って行った。 なんか、さすがに申し訳なかったな・・・。 「涼太、じいさんと会ってた事、黙ってて悪かった。ごめん」 涼太の傍ら、床に座り謝る俺を、大きなふたつの瞳が射抜く。 「・・・悪かったって・・・。俺一人じゃどうにもできないと思ったから・・・情けないって、狡いってわかってたけど、じいさんに媚びるしかないと思って・・・」 涼太からのどんな非難も覚悟している。 俺は、心のどこかでは信用していなかったんだ。一緒にいたいと言ってくれた涼太の事を。 だから、涼太が絶対に俺から逃げれない状況を作った。確実に捕らえて、離れないようにするために。 じいさんを利用する事になっても、誰かが悲しむ事になっても・・・、涼太が手に入るなら・・・俺は迷わない。自分がした事が間違いだとしても、目の前のこいつを永遠に手に入れるためなら、俺は鬼にも悪魔にでもなる。 「・・・おまえ、やっぱ頭良いよな。じいちゃんを先に落とすなんて、オレだったら絶対思いつかねぇ」 涼太の口から出てきたのは、想像していた言葉とはあまりに違っていた。 「すげぇな、マジで。オレ、青のこと初めて心から尊敬したかもしんない」 両目をキラキラさせながら、涼太は俺を見つめてくる。 ・・・え、なになに、なんで? 「オイ、俺は涼太に仕事だって嘘ついて、コソコソじいさんに会ってたんだぞ」 「うん。今日かーちゃんに聞いた」 「じいさんなら、あの親父を黙らせてくれるんじゃないかって、クソみてぇな下心で近付いたんだ」 「よかったじゃん。親父、黙ってはなかったけど、許してくれたじゃん」 はあ!?こいつの思考回路、どうなってんだよ。 「俺がしたことは、姑息で卑怯で、自分の欲のためだけの最低な事なんだよ!なんでわかんねぇんだよ、自分の家族が俺に利用されたんだぞ!」 「いち総合病院の理事長を利用するなんて、大した奴だよな、おまえ」 じゃなくて!感心する前に怒れよ! あーもう、なんで俺が腹立ってんだよ! 「オレ、今の仕事好きだし、青と離れなきゃダメになってまでやりたかった事だから、辞めたくなかった」 は?仕事・・・? いきなり話を変えんなよ。 「でも、青が病院ごとオレが欲しいなら、おまえにやるよ」 「え?」 思考回路がおかしな涼太さん、凡人にもわかるように言ってください。 「オレも病院で働く!何すればいいのかよくわかんねーけど!」 起き上がって、俺の顔の前に人差し指を立てた涼太は、エッヘン、と言いそうなくらいの得意顔になった。 俺は、涼太のマイペースっぷりに腹が立っているのも忘れて、呆気に取られてしまう。 「アレ?なんでそんな顔してんの?喜ぶと思ったのに」 俺の予想を全て裏切って、それ以上のものを与えてくれるこいつは、もしかしたら四次元から来たのかもしれない。 「ふっ・・・ははっ、ははは・・・」 次元を超えた涼太の可愛さに、笑いが込み上げてくる。 あんなに罪悪感でいっぱいだった少し前の自分に言ってやりたい。 禁欲しなくていいぞ、と。 「笑うとこじゃねぇだろ」 ドスッ、と腹に涼太の蹴りを食らう。でも、その痛みさえ愛しく思えてくる。 「わりー。涼太が可愛いすぎて、つい」 「てめえ、オレの覚悟をバカにしてんのか。ムカつく!」 ソファから立ち上がった涼太を、後ろから捕まえて抱きしめる。 「離せよ!変態!どーせオレはおまえと違ってバカだよ!悪かったな!」 涼太は腕の中でじたばたと藻掻く。 「バカになんかしてねーよ。・・・今朝の続き、やらなくていいのか?」 後ろから抱きしめたまま、ネクタイの結び目に指を掛けると、あからさまに体を強ばらせる涼太。 「スーツ着てる涼太、くっそエロくて、我慢すんの大変だったんだからな」 涼太のネクタイを引き解き、シャツのボタンをひとつ外す。 涼太の首に当たっている俺の片手が、小さく上下する喉の動きを捉えた。 「じいさん達の前で、犯してやりたいくらいだった」 「!?じょ、冗談・・・」 「冗談かどうか、今度、確かめてみるか?」 「やだっ、無理!」 ・・・残念。本気でやるわけないけど。 「こっち向いて涼太。もう一回さっきの言って」 腕の力を緩めると、涼太は体を回転させて俺と向き合う。 「さっきの、って?」 瞳を揺らし少し俯く涼太の姿に、まるで、理性という枝が刺さった砂山を少しずつ削り取られているような感覚。 「俺に、くれるんだろ?」 赤く染まる涼太の肌に、また少し足元の砂を掻き取られる。 「・・・青に、やる。オレの全部」 俺を見つめてそう言った後に、逸らされた瞳。 ちっぽけな理性は残った砂山ごと蹴り倒されて、もう、立て直せない。

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