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第205話 大人の本気の本気 3

なんでこんな事になってるんだ・・・ オレは雄大さんちのリビングでひとり、シャワーを浴びに行った彼を待っていた。 『本物の愛人にしてくれよ』 って・・・それはつまり、抱かせろって事なんだよな? 俺のスマホもマンションの鍵も、青にとられちゃったし・・・その上で突き放されたって事は、青もそれでいいと思ってるんだよな? オレは、青に従えばいいんだよな? シャワーを終えた雄大さんは、腰にバスタオルを巻いただけの姿でリビングに戻って来て、オレの横に腰を下ろす。 青以外の誰かの裸、まじまじ見るのって初めてかもしんない・・・エロ本以外で。 青よりガッチリしてるな、雄大さん。柔道やってたって言ってたもんな、着痩せするタイプなんだ。 「そんな見られたら恥ずかしいだろ」 雄大さんは赤くなった顔を両手で隠した。 マジ雄大さん、最近おかしいだろ・・・。 「すみません。あの、オレって今から雄大さんに・・・?」 「そうなるな。俺、男は初めてだし上手くできるかわからないけど」 ・・・・・・・・・・・・なんだろ。何も考えらんねぇ。このままでいいのか、オレ。 「じゃあ、シャワー借りてもいいですか?」 「待て。・・・いい、そのままで。時間が経てば経つほど、チャンスが逃げてく気がする」 ソファから立ち上がったオレは、雄大さんに腕を引かれて強く抱き締められた。 このままセックスするのが、雄大さんと青の中での合意、って事? ・・・・・・・・・嫌だ。 思わず雄大さんを突き飛ばして、距離を取る。 「悪足掻きするなよ。青くんの了承は得てるんだぞ」 近付いてくるバスタオル1枚の雄大さんが、何だか気持ち悪く見えてくる。 「やっぱり無理です。男とは・・・つーか、青以外とはしたくない」 窓の方に後退ると、雄大さんの足が止まる。 そうか、高いとこ苦手だから・・・。 「こっちに来い、涼太」 両手を腰に当てて、困ったように雄大さんが言う。 「嫌です。雄大さんの事は先輩として好きです。嫌いにもならないけど、それ以上に好きになる事もないです」 「そんなの、体を重ねてみないとわからないだろ」 「わかります。雄大さんにどれだけ触られても、青に触られた時みたいな感情にならないから。切なくもならないし、苦しくもならないし、ドキドキもしない。・・・なんにも無いんです」 雄大さんが一歩踏み出してくる。 「来ないでください」 「触られても、どうにもならないんだろ?」 「なりません。だけど触って欲しくない。オレは、青のだけのものでいたいんです」 ゆっくりとまた一歩、雄大さんが近付く。 オレは咄嗟に窓のロックを外してベランダへ出る。 「涼太!危ないだろ!部屋に戻れ!」 「嫌です。青以外に抱かれるくらいなら、ここから飛び降ります」 ベランダの囲いに登るオレを見て、雄大さんは顔面蒼白で慌てふためいている。 「わかった!わかったから!頼むから戻れって!落ちるだろ!」 「雄大さんが、ただの先輩に戻ってくれると約束してくれるなら」 「戻る!もう涼太に触らないから・・・」 「約束破ったら、雄大さんを突き落としますからね。明日会う時は、いい先輩としてオレの前に現れてくださいね。じゃあ、おやすみなさい」 「涼太ぁ!涼太が落ちたぁ!あああ~・・・」 ・・・・・・・・・ 「落ちてません。隣です」 ベランダに出てきた雄大さんに、避難用のパーテーション越しに声を掛ける。 そう、オレはただ囲いを伝って、隣の自分ちのベランダに移動しただけ。 「涼太ぁ・・・よかった・・・」 パーテーションの向こう側で、雄大さんの小さな声が聞こえた。 「ビビらせてすみません。でも、雄大さんとヤるくらいなら死んだ方がマシだと思ったんで」 正直、自分でも落ちないか不安だったけど・・・ ふと部屋の窓の方を見ると、青が窓を開けてベランダへ出てくる。 「涼太何やってんだよ?」 「死ぬ気でお前んとこに戻ってきたとこ。ただいま」 「はあ!?まさか、ここ渡ってきたのか!?」 オレが伝ってきた厚み20センチ程のベランダの囲いを見て、青の顔も蒼白になった。 「・・・夢中になってるのは、涼太の方だったんだな。・・・完敗だな、俺は」 パーテーションの向こうで雄大さんが呟き、窓が閉まる音がした。 「来い!」 指が食い込む程強く、青に腕を引かれて部屋の中へ放り込まれる。 「何すんだよ、せっかく帰ってきたのに」 「お前は本物のバカか!落ちたらどうすんだ!予想外過ぎんのもいい加減にしろ!!」 オレに向かって怒鳴る青の顔は、泣きそうな、苦しそうな・・・ 「・・・俺は、涼太を信じたかったから放り出した。突き放しても、俺に縋って来て欲しかった。ドアにへばりつくくらいの事はしてくれるんじゃねぇかって・・・」 ぎゅうぅっ、と音がしそうな程強い力で、青の腕に閉じ込められる。 青の腕が、声が、震えていた。 普段より何倍も早くなった青の心臓の音が、オレに伝染してくる。 「涼太の本気は・・・想定外過ぎて、心臓に悪い」 青・・・もしかして泣いてる・・・? なんで?って聞くのは野暮なんだろうか。 「・・・なあ、おかえりのキスは?」 「ふっ、・・・あと3分待ったらしてやるよ」 更に強く抱き締めてくる青は、きっと泣いているんだろう。 オレは、何も言わずに3分間、青の背中に手を回しておかえりのキスを待った。

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