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二の1
俺とカリンが別れたことは次の日には学校中の噂になっていた。カリンは人気者だ。まあ美人だしな。おっぱいでかいし。揉めなかったけど。カリンは慰められ反対に俺は長靴野郎って馬鹿にされている。
今日も昨日と同じで土砂降りだった。放課後になって一目散に教室を飛び出す。長靴を履いて一人用の傘を差して国立公園に向かった。
昨日と同じ場所に昨日と同じ姿で紫は座っている。あな嬉し。
俺も昨日と同じようにベンチを飛び越えて紫の隣に座った。物音に彼は静かに顔を上げて目が合った。どんな反応されるか一抹の不安が過る。
でも紫は昨日と同じように不思議な魅力のある雅な笑みを俺にくれた。
「翠くん、こんにちは」
俺の名前。紫が。呼んだ。
心臓に茨が刺さったような感じがした。ぶあ、と熱が溢れて。
指の先まで朱に染まってしまいそう。俺を生かすように鼓動が激しさを増す。
「いい天気ですね」
なんでこの人は。こんなに神秘的なのに。色気があるのに。
そんなに無邪気に笑うんだろう。
妖精だから?
「うん。いい天気だ」
紫を見たら今日朝起きてからずっとそわそわしていた気持ちが雨と一緒に流れていった。代わりに溢れてきたのはどうしようもないくらい温かくて衝動的で感じたことのないふわふわの気持ち。
「……あなたはずっとここにいたの?」
紫、って名前を呼ぶ勇気がない。隣が眩しくてつい池のほうを見晴るかす。遠くで大きな葉の間を縫うように蓮の蕾が息づいていた。
紫陽花が死んだら夏はもうすぐ。
紫は俺の質問に困ったように笑った。口元を抑える姿がしおらしい。そんな仕草高校じゃ誰もしないよ。
「ええ、ここにいました」
「どうして?」
「仕事です……妖精の。仕事、っていうか……役割? 雨の日は……雨を巡らせるんです」
設定が入り組んできたぞ。役割っていうほうが妖精っぽいな。巡らせるって抽象的だけど悪くない。
池の縁で蛙が跳ねる。
はがれたメッキを繕うように紫が続けた。
「ちなみに晴れの日は別の仕事をします」
仕事で統一するんだ。
「紫陽花の妖精って基本的にどういう仕事をしてるの?」
俺は興味本位でたずねる。
紫は少し笑って池の方を見やった。絶対業務内容考えてるだろ。
横顔は絵画のようで少し寂寥感があってずっと見ていたい。
「紫陽花に限ったことではないですが……わたしに惹かれた者を誘って生気を吸い取るんですよ。それを世界に還元して季節をまわすんです」
即席の設定にしてはなかなかそれっぽい。俺の方をまじまじと見ていたずらっぽく笑う。怯えさせるように目を細めて低い声で言った。
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