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第4話
ゆっくりと、僕に向かって歩いてくる。やっぱり、強盗か何かなのか! 僕は身ぐるみはがされるのか、殺されるのか?!
相手は手品でどんな武器を出すのかわからない。ここは抵抗しない方がよさそうだ。
「わああぁっ、お願いです! 命ばかりはお助けを…。お金なら、できるだけは差し上げます。あ、できれば今日の晩飯代だけ差し引いてくれれば…」
外人さんの足がピタリと止まる。
「何か勘違いされてますね、子羊くん。えーと、お名前は…いや、私の方から名乗るべきですね」
外人さんは、再びシルクハットを脱いだ。
「私、エトワール鈴木と申します。以後、お見知りおきを」
エトワール鈴木。芸名だろうか。やっぱり、手品師なんだな。
「母がフランス人、父が日本人で、どちらも魔法使いです」
見た目からしてハーフなのは本当だろう。もしや両親とも、手品師なんだろうか。
エトワール鈴木はシルクハットを被り手袋を外すと、指をパチンと鳴らした。すると、パソコン画面が真っ暗になった。
「あーっ! 作業中の画面が!」
せっかくあと三枚なのに、また一からやり直しじゃないか!
怒鳴りたい気持ちだが、口論になっていきなり脳天を撃ち抜かれたりしたら大変だ。ここはグッと我慢して、大人しくしよう。
「心配ご無用」
エトワール鈴木は、もう一度指を鳴らした。
「えっ!」
画面は元に戻った。
いや、集めたデータが、キチンとまとまっている!
「これで作業の効率が上がります」
「あ…あ…あなた天才ですか?!」
「魔法使いですから」
魔法でも何でもいい、 こんなに完璧な仕事をしてくれるのだから。というか、パソコンに手も触れず画面を変えてしまうなんて、魔法以外信じられない。驚いたことに、魔法はこの世にあったのだ!
おかげで資料は全て出来上がり、課長にチェックしてもらうために一部ずつプリントアウトし、フラットファイルに挟んだ。
「あ…あの…エトワール鈴木さん、おかげ様で予定より早く終わりました。ありがとうございます!」
「どういたしまして。さあ、意中の王子様の元へ参りましょうか」
「別に、意中の王子様というわけでは…」
時刻は午後七時半、白鳥部長の飲み会に間に合うだろう。そうだ、その場で課長にチェックしてもらおう。
パソコンをシャットダウンさせ、帰り支度をしていると、エトワール鈴木は指をクルクルと宙で回している。やがて煙に包まれ、エトワール鈴木の手には何やら大きな物が。
「せっかくですから、これに着替えてください」
現れたのはスーツカバー。舞踏会に行くため、ドレスを着ろってか? ますますどこかのおとぎ話みたいだな。
ファスナーを下ろして中を見ると、かなりいい生地のスーツだ。リーマン一年生の僕でも、自分が着ているのとは雲泥の差だとわかる。
「いや、コーヒーをご馳走になって仕事も手伝ってもらって、その上こんないいスーツまで貸していただけるのは、何だか悪いですから…」
エトワール鈴木は、高らかに笑う。
「あなたという人は、本当に謙虚ですねぇ。そういう性格の方は大好きですよ、子羊く…ああ、そういえばお名前をまだ」
「灰田睦彦です」
「ムッシュ灰田、あなたは魔法に頼ろうとしないどころか、そのスーツも“もらう”ではなく“借りる”という気持ちでした。ますます気に入りました。スーツはレンタルですが、まずはお着替えください」
エトワール鈴木は、シャツやネクタイ、ベルト、靴下まで新品を用意してくれた。靴下を借りるということは、後で返すもんだけど、一度他人が穿いた靴下を返したところで、彼はどうするんだろう?
そういえば、靴は――
「も…もしや…靴はガラス製だったり…?」
もはやここまで来たら、魔法を信じるしかない。となると、この話の流れならばガラスの靴が出てくるのか。
含み笑いをして、エトワール鈴木はキャスターつきの椅子に座る。
「どこかのおとぎ話みたいにドレスを着るならまだしも、ガラスの靴なんてそのスーツに合いますか?」
シャツを着替えてネクタイを締め、ズボンを穿きながら答えた。
「確かに…」
「そう。靴はこちらをご用意しました」
白手袋の手のひらには、いつの間にか焦げ茶の革靴が乗っていた。これもかなり上等な物だろう。
ありがたく靴も借りて、忘れ物は無いかと持ち物をチェックしていると、エトワール鈴木が僕に向かって指をクルクル回した。
「本来なら、それだけをお貸しして車の手配で終わりなのですが。ムッシュ灰田、あなたのその謙虚で努力家で真面目なところを気に入りましたので、私からのプレゼントがあります」
プレゼント――何だろう? 財布、鞄、腕時計…スーツに見合う物を貸してくれるのだろうか。
と、期待していたら。
「つべたぁっ!」
股間の辺りが、冷たい何かに覆われた。何事だろうとベルトを外し、ファスナーを下ろした僕は、悲鳴を上げてしまった。
「何だよこれ! 冷たい! 透けてる! トイレ行けない!」
僕のパンツは消えていて、変わりに黒い紐でふんどしみたいに固定された、ガラスの器が僕のアソコを覆っている。
「ガラスのペニスケースですよ」
「い、い、いらない! パンツ返して!」
「大丈夫です。スラックスの上からモッコリしないよう、超薄型で割れないガラスですから」
デスクに肘をつき、優雅な口調でエトワール鈴木はそんなことを言うが、どうにもこんな格好は落ち着かない。
「スーツや靴、ワイシャツやネクタイ、ベルト、靴下は午前十二時で魔法がとけて消えます」
十二時――まあ、それまでには帰るだろうから、二次会について行かなければ大丈夫だな。
「ですがそのペニスケースだけは、十二時が過ぎても消えない上に、絶対に外れません」
「なぬっ?!」
一番、真っ先に消えてほしい物が残るのか!
てか、何コーヒーカップなんて出してるんだよ!
「一生このまま? 何の罰ゲームなんだよ! 外す方法は?!」
のん気にコーヒーなんか飲むなよ、僕の一生どうなるんだよ!
「外す方法はありますよ。あなたを心から愛してくれる人なら、そのペニスケースに触れた途端、溶けて消えます」
…そんなむちゃくちゃな…。
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