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第5話
魔法使い・エトワール鈴木は、辺りをキョロキョロ見回している。何を探しているんだろう?
「…こちらにはカボチャがありませんね」
「あるわけないでしょ…。まさか、馬車でも出すつもり?」
オフィスにカボチャが無いと知り、エトワール鈴木は立ち上がる。
「今時、街中を馬車が走ってごらんなさいよ。ドライバーも馬もパニックを起こしますよ。私はカボチャを車に変える魔法が使えるんですがね。ああ、それと運転手にネズミを――」
「ここ、オフィスです。十何世紀かの外国のお家じゃないから、カボチャどころかネズミだっていませんよ」
顎に手を当て、魔法使いは天井の蛍光灯を見上げる。
「ふむ…。運転手にうってつけな生き物ねぇ…。部屋の外で探します」
言い終えると同時に、煙がモクモク立ち上がった。煙が消えるころには、エトワール鈴木はいない。まさか、見回りの警備員を運転手にするのか?
しばらくすると、また煙がモクモク現れた。中からは、片手を握りしめ、もう片手にトイレにある消毒液のボトルを持ったエトワール鈴木。
「ちょうどよさそうなのがありました。これを車にしましょう。カボチャではないので、うまく車になるかどうかは自信がありませんが」
白くて四角っぽいボトルは、どんな車に変身するんだろう。で、運転手は?
「運転手は、この方にお願いいたします」
握りしめた手を広げると、中にはなんとあの黒くて触角のある、ツヤツヤしたペタンコの虫がいた!
「ぎゃああああ! ぼ…ぼ…僕はゴキブリが大嫌いなんだ! 近づけるな!」
思わず後ずさりして壁に貼りついた僕に、エトワール鈴木はにこやかに手を差し出す。
「大丈夫ですよ。魔法で眠らせていますから」
いや、そういう問題じゃなくて!
おそらく顔が青ざめているだろう僕をよそに、爆睡中のゴキブリを床に置くと、エトワール鈴木は指をクルクル回して呪文のようなものを唱えた。また煙がモクモクと立ち、中から紺のスーツに白手袋、帽子を被った運転手が現れた。
「灰田様、本日はよろしくお願いいたします」
帽子を取り、ゴキブリ運転手は九十度の礼をした。
「よ…よろしくお願いします…」
礼儀正しいけど、もとはゴキブリだからなあ…。どうやって接すればいいんだ。
エトワール鈴木に、外に連れ出された。地面に消毒液のボトルを置くと、エトワール鈴木は何やらモゴモゴつぶやき、ボトルに向かって指をクルクル回す。大きな煙に包まれ、中から現れたのは真っ白なリムジンだ!
「凄い! リムジンなんて初めて乗るよ!」
ただし車体の横には…。
「あの~…エトワール鈴木さん…。緑色の字で大きく『クリンエタノール』って書いてますけど…」
ボトルそのまんまじゃないか。本当に走るんだろうか。まるで業務用の車じゃないか。
「ああ、気にしないでください。ささ、中へどうぞ」
ゴキブリ運転手がドアを開け、恭しくお辞儀をする。お礼を言って乗りこむと、ドアが閉められた。
中は金ピカのシャンデリア、シートなんてまるでふかふかのソファーで、足元は毛足の長い絨毯。キャビネットやテレビまである。ただ、難を言えば少し消毒液の匂いがすることかな。駅前の居酒屋に行くだけなのに、もったいない。
シートに体を沈め周囲を見回していると、窓をコツコツ叩く音がした。ボタンを押して窓を下ろすと、エトワール鈴木がぬっと顔を出した。
「いいですか、この魔法は十二時までですよ。十二時までに帰ってくださいね」
「はあ…。あの…ガラスのここは…」
と、人差し指で股間を指す。
「ぜひ、お目当ての王子様に外してもらってくださいね」
そんなむちゃくちゃを言い、エトワール鈴木は“アデュー”と手を振った。
リムジンは快調に滑り出す。こんなに長い車、狭い角を曲がれるのかと心配していたら、天井のスピーカーから声が聞こえてきた。
《涼しくていい季節になりましたね。秋は玉ねぎがおいしいですねぇ》
なんとゴキブリ運転手が、 タクシーの運ちゃんよろしく話しかけてきた。
「ええ、そうですね。秋は食べ物がおいしいですね」
ゴキブリは雑食と聞くけど、何が好物なんだろうか。逆に苦手な食べ物を聞いたら、うちのゴキブリ除けになるかな。
《夏はやっぱりビールですけどね。前に住んでたとこじゃ、盆正月には息子さん達が来て、ビールの残りをあさったもんですよ》
ゴキブリさんは以前、独り暮らしのお婆ちゃんちに住んでたそうな。そのお婆ちゃんが亡くなり、家の取り壊しの後、うち会社に来たそうだ。
《いやあ、灰田様の会社のトイレは、温かくて居心地いいですよ。女房や子供達、親戚達も気に入ってて》
「ご家族で住んでるんですか?」
《ええ、ざっと五十匹の所帯です。水や、私たちの好物の石鹸までありますからね》
…どうしよう…総務部にでも言って、ゴキブリ駆除の薬を買ってもらおうか。でも、こんな人間みたいな話を聞かされたら、まるで集団殺戮みたいで気の毒になる。飲み会の残り物をいただけたら、運転手さんに持って帰ってもらおうか。
……って、僕は何を考えてるんだ。ゴキブリ嫌いなはずだぞ。
そうこうしているうちに、リムジンは居酒屋『くろ田』に着いた。せっかくのリムジンなのに、何だかくつろげなかった。
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