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第6話
週末ということもあって、店内は賑わっている。中に入ってすぐに店員に声をかけられ、白鳥部長の名前を告げると、“伺っております。灰田様ですね。こちらへどうぞ”と案内してくれた。ただのお愛想ではなく、僕を待っていてくれたんだ。飲む前からほろ酔い気分になりそうだ。
「おーっ! 灰田ちゃーん、待ってたよー」
お座敷席で、ビールのジョッキを高く掲げる白鳥部長に挨拶した。盛り上がってるところ悪いけど、隣に座っている元木課長に出来上がったばかりの資料を見せた。真っ先に僕のことを睨んでいたから、“ロクに仕事も終えてないくせに”と、思われたくないからだ。
資料をめくっていく指は、最後のページで止まった。
「灰田」
「は…はいっ」
「完璧だ。これなら申し分ない。やればできるじゃないか」
課長の口元に笑みが浮かんでいる。きっとお酒のせいもあるんだろうな、ご機嫌だ。とにかく、これでめでたく課長からお墨付きをいただいた!
「あ、ありがとうございます!」
元木課長の肩に腕を乗せ、白鳥部長も資料を覗いている。
「ほー…詳しいデータだな。これは資料の作成例として研修に使えそうだ。灰田ちゃん、いい仕事するね。あ、店員さーん」
やった! 白鳥部長にも褒められた!
部長が呼び止めてくださった店員さんに、僕はビールの中ジョッキを注文した。
午後九時を回り、お開きになった。これから家に帰れば大丈夫。問題は、股間を覆っているアレなんだけど。
「はーい、二次会行く人ー!」
白鳥部長の掛け声に、二組に別れた。
明日の朝から予定があるという人は帰り組、白鳥部長と元木課長、企画部の三人は二次会組になった。僕もそろそろ帰ろうと、二次会組の人たちに挨拶しようとしたら、白鳥部長に首根っこをつかまれた。
「はーい、キミはこっちねー」
「あ…あの、僕は…」
「ん~? 明日は何か予定でも?」
「いえ…無い…です…けど」
こういうときに咄嗟の嘘がつけない僕は、猫みたいにつかまれて白鳥部長に連れ去られた。
十二時までに帰れるんだろうか。
二次会のお店は、静かなワインバー。レンガ調の店内に、アンティークなガス灯みたいな照明。白鳥部長のお気に入りのお店らしい。
アルコールがかなり入っているせいか、部長はやたらと僕に絡んでくる。からかったりもするけど、研修のときに一生懸命だったと褒めてくれたりもする。僕はひょっとして、白鳥部長に気に入られたのかな?
白鳥部長と話していると、元木課長が僕を睨んでいるような気がした。ほかの部署の人たちと、あまり仲良くしちゃいけないってことはないよな。課長、さっきまでとは違って、何だか機嫌があまりよくないみたい。
ワインを一杯飲み干したところで、僕は突然の尿意に襲われた。しまった! ペニスケースのせいでできない!
でも、こうして座っているわけにもいかない。僕はトイレに直行した。
ベルトを外しファスナーを下ろし、黒い紐を引っ張る。結び目も無く、引っ張ると尻に食いこんで痛い。お店の人にハサミか、あるいはライターを借りたら…いやいや、そんな時間は無い。わずかな隙間から漏らせばいいかな…と思案していたら、いつの間にか隣に白いシルクハットとタキシードが見えた。
「わっ! どうしたんですか、急に!」
どうも、とシルクハットをひょいと上げて会釈をした後、エトワール鈴木は僕に向かって指をクルクルと回した。
「いえね、ペニスケースが外れるまで、あなたから尿意を消す魔法をかけ忘れていましたので」
そう言われて気づいた。いつの間にか尿意がどこかに消え去っていた。何とかこの場は助かったが…。
「あ…あの…一生このままってわけにもいかないんですけど…尿毒症とかになったら大変だし」
「心配ご無用。魔法で止めているのですから、健康に支障は出ません」
そういうものなのか?
いまいち魔法というものがわからず何も言えずにいた。すると、エトワール鈴木が急にドアの方を振り向いた。
「人の気配ですね。では、私はこれで」
「あ、あのっ」
エトワール鈴木が消えた。それと入れ替わりに、ドアが開いて入ってきたのは、白鳥部長だった。
「おや?」
と、部長は僕の股間を見つめた。マズい! ファスナー上げてない!
「へえ…。キミ、見かけによらず、かなりセクシーな下着の趣味してるんだね」
慌ててファスナーを上げようとしても、時すでに遅し。白鳥部長が、僕の肩を抱いた。熱い吐息が耳にかかる。
「そんな格好して、ここに来た人を誘うんだろ?」
「そ…そんなんじゃなくて…その…」
顔がだんだん近づいてきて、後ずさりしているうちに、壁に追い詰められてしまった。急いでファスナーを上げるけど、布地を噛んでしまって、上がらない。白鳥部長の手が、ガラス越しに股間に触れる。薄いガラスは、アルコールのせいで熱い部長の手の温度を、直に伝える。
「あふっ…」
しまった! 変な声が出てしまった!
「可愛い…。こんな格好してるから、意外にビッチなのかなーと思ったら、やっぱりウブなんだ」
「あ…や、やめてくださ…」
部長は股間をまさぐる手を止めてくれない。相当、酔っ払ってるな。
「ねえ、今夜うちに泊まる? キミの誘いにノッてあげるよ」
首筋にキスをされた。部長は素敵な人だけど、そういう関係になりたいんじゃない。上司だから突き飛ばすわけにもいかないし…。エトワール鈴木、助けて!
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