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第7話

 そのとき、ドアが開いた。やった! 助かった! この状況は恥ずかしいけど、部長はやっと手を止めてくれた――  げげげっ! 入ってきたのは、救世主ならぬ元木課長…。ああ、エトワール鈴木が天使に思える…。 「何やってんだ、二人とも」  わあああ! 課長の眉間にシワが寄ってる!  誤解されたかな、僕が白鳥部長を誘惑したみたいに。後ではしたないって怒鳴られるんだ…。  急いでファスナーを上げる僕を隠すように、白鳥部長は首を元木課長の方に向けたまま、僕に壁ドンした。 「なーに、ちょっとした内緒話だよ」  アルコールと煙草の匂いに混じって、柑橘系のフレグランスがかすかに匂う。ネクタイは無く、シャツのボタンを外しているせいで、鎖骨に乗っかる金のネックレスがセクシー…って、危ない危ない、今少しだけドキッとした。 「し、失礼しますっ」  白鳥部長の腕をすり抜け、元木課長に会釈してトイレを出た。  ヤバかった…。元木課長はある意味、救世主なんだろうか。  白鳥部長にかなり飲まされて、頭がぼうっとして、足が地についてない感じがする。二次会もお開きになり、時刻は十一時。うーん…十一時…? 十二時に何かあったような…。  お疲れ様でしたー、と散り散りバラバラになっていくみんな。さて、僕も帰るかな。えーと、タクシー…。いや、何か別の乗り物があったような。まあ、いいか。 「灰田ちゃん、俺の家に来る?」  白鳥部長に手首をつかまれた。ふわふわして心地よくて、思わず“はい”と返事しそうになったけど。 「いえ…僕は帰りま…ヒック」  大きなしゃっくりが出た僕の肩を抱き、白鳥部長は手を挙げた。 「キミ、独り暮らしって言ってたよね。そんなに酔ってちゃ、床で寝そうで心配だなあ。俺んち来れば、ちゃーんと面倒見てあげるから」 …そーれすねぇ…、ヒック。言われてみれば、何だか眠いような。この心地よさはタクシーのシート…? おやすみなさい…。  どれくらい眠っていたのかな。気がつくと、タクシーのシートではなかった。うちでもない。 …… どこだっ?!  一気に酔いが覚め、辺りを見回した。知らない部屋だ。リビングみたい。うちの1DKじゃない! 壁の時計は、十一時五十五分! 思い出したぞ!  僕は残業中にエトワール鈴木という魔法使いに出会い、彼の魔法で残業が早く済んで、その前にコーヒーをご馳走になって、服を一式貸してくれて、ゴキブリを運転手に(そこは思い出したくないけど)、消毒液のボトルをリムジンに変えて、居酒屋まで送ってくれたんだ。  その魔法が解けるのは午前十二時。どうしよう、服は会社だ! それにガラスのペニスケースという厄介なものもついている。どうすればいいんだ! 助けて、エトワール鈴木! 「灰田」  聞き慣れた声に、僕は血の気が引いた。恐る恐る振り向くと、そこには元木課長がいた。 「目が覚めたのか。だいぶ飲まされていたようだからな、ウコンのドリンクをコンビニで買ってきた。具合は悪くないか?」  あれから一体、何がどうなって…。 「こ、ここ…元木課長のお宅…ですか?」 「そうだ。お前の住所を詳しくは知らなかったし、お前に聞こうにも眠っていたからな」  コンビニの袋からドリンクを出してテーブルに置いた課長は、まだスーツのままだ。僕をソファーに寝かせて、そのままコンビニに直行してくれたんだ…。 「白鳥がお前をしつこく誘ってたな。あいつは爽やかそうに見えるが、ゲイの遊び人だ。お前を食うだけ食って、飽きたらポイ捨てだぞ。気をつけろ」  白鳥部長が僕をタクシーに乗せようとしたところに立ちふさがり、少し口論になったが阻止してくれたそうだ。 「“こいつを食い物にするのだけは許さない。遊ぶなら、ほかの奴で遊べ”と言ったんだ」  眼鏡のブリッジを指先で上げながら言う課長…かっこいい…。  って、今何時? …じゅ、じゅ、十一時五十九分! 「あああ…あのっ、ご迷惑おかけしてすみません! 僕、帰ります」 「待て、灰田。遅いから泊まって行け。遠慮するな」  玄関に向かおうとしたら、課長に腕をつかまれた。お願いします、離して! でないと僕が死にそうになる!  次の瞬間―― 「うわっ!」  僕と元木課長、ほとんど同時に驚きの声を上げた。スーツもネクタイもシャツも、スラックスもベルトも靴下も無い。あるのは、透明なガラスのペニスケース。 「ひえええっ! み、見ないでくださいっ」  思わずその場にしゃがんで股間を隠したが、もう遅い。スーツの下にこんな恥ずかしいものを身につけていたと、白鳥部長だけでなく元木課長にも知られてしまった。  ああ…僕はもう、辞表を出すべきか…。

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