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第41話 初めて感じる恐怖感

 ねっとりと絡むような視線はいつまで経っても離れていかず、光喜はとっさに身体に力を込めた。しかし逃げ出そうとした光喜よりも先に晴が動き出す。カウンターの端に置かれた小さな黒いカゴを手に取ると、鼻歌を歌いながらそれを振り回した。そして踏ん張ろうとする光喜の意志をまるきり無視して奥へと足を進める。  室内は横長になっているようで、左手が奥へと続いていた。そこは六畳くらいの広さで、壁際と中央付近に目線ほどの高さがある棚が並んでいる。その棚は数段に分かれており、その上には商品とおぼしきものが陳列されていた。  その中の一つを手に取ると晴がにこやかな笑みを浮かべて光喜を振り返る。瞳がキラキラと輝いた笑顔に嫌な予感しかしない。 「これ、これいいよ。全然乾かないから耐久性抜群! 超おすすめ!」 「な、なにそれ」 「なにって、アナルローション」 「はっ?」  きょとんとした顔で小さく首を傾げる晴に光喜はひどくめまいがする。あえてそこに並ぶ品々を見ないようにしていた。頭では認識していたけれど意識して考えないようにしていた。けれど包んで隠すことをしない晴の開けっぴろげな言葉に頭を押さえて俯いてしまう。 「身体や手が大きいってことはあそこもかなり大きい可能性が高いよね。ゴムは大きめのサイズがいいかな」 「ちょっと待って、晴」 「ん? 光喜、もしかしてクマさんに突っ込みたいほうだった?」  先ほど手にしていたローションのボトルとゴムのパッケージをカゴに放り込んだ晴に光喜の声が震える。けれどひどく混乱と戸惑いを覚えている心中を察することなくまた別のものを掴んだ。 「ち、違うけど! そうじゃなくて!」 「大きさを考慮したらいまから慣らさなきゃ駄目だぞ。初めては彼じゃなきゃ嫌! なんてカマトトぶって初えっちで痛い目を見るの嫌でしょ?」  こてんと可愛らしく首を傾ける晴の目は至極真面目で、逆に光喜は恥ずかしさが増してしまった。どんどんと熱くなってくる顔の熱で沸騰しそうな勢いだ。しかも真面目に語っているようでいて、晴の手はその用途を考えたくないものを掴んでいる。 「最終的にはこの太さでいいと思うけど、初めてはこっちの細いのがいいと思うよ。うん、両方買っとこう」  目の前のものに夢中になってきたのか腕から晴の手が離れた。しかしあまりにも想定外なこの状況に光喜はそこから一歩も動けない。右を見ても左を見てもいかがわしいものが並んでいる。性癖が至ってノーマルな光喜はそういったものとは無縁のところにいた。  それにお世話になるなんてもちろん考えたこともない。腹の底から大きなため息が漏れた。 「なに、光喜くん初めてなの?」  俯いてじっと床を見ていたらふいに耳元に息が吹きかかる。それと共に聞こえてきた声に光喜の身体が大げさなくらい飛び上がった。慌てて顔を持ち上げると真横に笑みを浮かべた安治の顔がある。距離感がまったくないその近さに身体が逃げ出しそうになるが、その前に腰に腕を回された。  身長は光喜と同じくらいで目線の高さは変わらない。けれど決して華奢ではない光喜よりもかなり体格が良かった。回された腕も太く、腰を抱く手も大きい。じっと目をのぞき込んでくる安治の視線に色気を感じるけれど、いまの光喜には怖い、という感情しか浮かばない。 「一人でするより人にしてもらうほうが何倍も気持ちいいよ? 手伝ってあげようか?」  耳の縁ギリギリのところで言葉を紡ぐ安治は、怯えて動けなくなった光喜を楽しげな眼差しで見つめてきた。さらに背中や腰、しまいには尻をいやらしく撫で上げられて肩が震える。 「あー! 出た! 初物キラー!」  顔を青ざめて俯く光喜の首筋に息がかかるのと同時か、呆れたような声が響く。 「ちょっとやめろよな。しっし! あっち行け!」  固まっていた光喜の身体が勢いよく安治から離された。驚きに目を瞬かせると眉間にしわを寄せる晴の顔がすぐ傍にあった。 「光喜、気をつけろよ。こいつ初物を食うのが好きなんだよ。そんで散々仕込んで開発して慣れてきたらポーイってする変態だ」 「そういう晴だって変態だろ。自分より体格のいい男を組み敷いて楽しんでるくせに」 「安治ほどサイテーじゃないから! ほら、さっさと会計して」  ニヤリと口の端を持ち上げる安治にカゴを突き出して、晴はそれをぐいぐい押しつける。すると光喜をいじるのを諦めたのか、肩をすくめて安治はカウンターの内側に戻っていった。その背中を見てようやく光喜は息を吸い込めた。

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