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第4話

「このタヌキみたいなのがイーリ。猫みたいなのがフェリ……猫はフェーレスとかが多いんだけどね。ほら、女王様みたいだから。犬みたいなのがコアっていうんだよ。あ、ちなみにオレはハヴァッドね。」 「なるほど。イーリ、フェリ、コア……」  テーブルの上に大人しく整列させられた魔獣たちは、真剣な眼差しのフィーデスを気にすることなくそれぞれ毛づくろいをしたりまどろんだりしている。護霊官の義務としては月に一回程度の偵察をすれば良いことになっているが、術士ギルドはその性質上より細かい監視をすることが望ましいギルドの一つ数えられる。エウレの兄弟子だというハヴァッドは、これといった特徴はないが穏やかな笑い方をする男だ。 「それより、フィーデス君はエウレの後輩なんだって? あいつ、すごい問題児だったでしょー。オレは別な国で術を学んだから、あいつが学校行ってた頃って分からないんだよね」  エウレは元々人間嫌いだとはいえ、初対面とは思えないような反応を見せたことにマスターが興味津々で根掘り葉掘りフィーデスから聞き出した情報だった。それを傍で聞いていた兄弟子も詳細を聞きたくてうずうずしていたようだ。どうやら、彼らはエウレが学院を去ってから出会った人間たちであるらしい。  術士ギルドに所属する――ギルドマスターであり術士たちの親方であるシヴィの弟子は全員で5名と登録されているが、前任の担当護霊官から引き継いだ資料によると常勤しているのはマスターのシヴィ、ハヴァッド、エウレの3名であるらしい。残り三名の弟子には前任者も会ったことがないようだったが、あまり最初から探りを入れることもできないので足を運ぶ回数を増やすことにしたのだ。 「問題児といえばそうですね。あの人はエレメンツを体に取り入れなくても術を発動できる上に攻撃力はすごいですから……学院始まって以来の天才、と呼ばれてました」 「あー、まあね、確かに術に関しては天才だとは思うけどさ。正直兄弟子のオレよりもすごいって思うこと多いし。でも、中身が破綻しているだろ? 学校時代にあいつと話したことはあったの?」  屈託なく笑いながら兄弟子に聞かれて、しかし新任の護霊官は押し黙る。気まずい沈黙の少し後、ドアが開く音がして兄弟子はパッと顔を明るくした。 「……なんでまたいるんだよ」 「やだっ、エウレったらそんなこと言わないの。目の保養だからいいのよ!!」  マスターに無理やり一緒に連れていかれた買い物を終えて帰ってきたエウレは、すぐに見たくもないものを視界に入れてしまいうんざりとなった。マスターはといえばお気に入りが増えたとか目の保養になるとか、担当護霊官――エウレのかつての後輩でもあるフィーデスがギルドにやってくるといつもよりもご機嫌になる。エウレが腹立ちまぎれにダイニングテーブルに買い物袋をドンと置くと「コラ!!」とすぐにマスターから叱られた。 「フィーくんはいつでもうちのギルドに来ていいんですう。こんな長身でしっかりした体つきのイケメン、護霊官どころか術士にはなかなかいないの。かなりのレアものなのよ!」 「ふぃ、フィーくん……って」  エウレがちょっと引きながら呟いてもマスターは気にするどころか、目を輝かせるばかりだ。さぞ新人護霊官も引いているだろうと思ったが、エウレをじっと見る緑の眼差しとぶつかった。 「ほんと、フィーデス君は若いのに落ち着いていて気品もあるよね。うちの弟分と二歳しか離れていないのにさ、どっちが後輩で先輩なんだか。フィーデス君ってきっと貴族出身でしょ?」 「……一応そうですね。もう、斜陽ですが」  あちゃーという顔になった兄弟子を見ながら、エウレはタヌキに似た魔獣――イーリに干し肉を細かくしたものをやる。「キュイキュイ!!」とイーリが喜んで飛び跳ねるのを、猫に似た魔獣――フェリが冷たい眼差しで見て、犬に似た魔獣――コアはいいなーという顔で見ていた。フェリとコアは兄弟子であるハヴァッドが面倒を見ているので、ハヴァッドがご飯の準備を済ませるのをいい子で待っている。イーリはエウレからしかご飯を受け取らないのだが、フィーデスのことは嫌いでもないようだった。 「でも、フィーくんはすごい努力して頑張った感じがするわよね。おうちが斜陽だったのなら、そこまでなれたのはあなた自身の努力と能力があったからだわ。偉い!」 「親方、ほんっとにフィーデス君のこと好きですねえ……いたっ」  マスターと呼べって言ってるでしょ、と笑顔を浮かべながら容赦のない鉄槌が兄弟子の頭に炸裂する。イーリがそれにびくっとなったがフィーデス自身は感情を見せないかのように無表情のまま彼らのやり取りを見ていた。エウレも短く嘆息をつくとマスターたちが座っているテーブルに近づいた――その時。  術士ギルドにいる魔獣たちが一斉に毛を逆立てて扉の向こうに視線をやりながら唸り始めた。魔獣たちは通常の獣よりも五感に優れていることが多いので、外で何か異変が起きているのは間違いがなさそうだ。 「イーリ、いい子で留守番しているんだぞ!」  こういう時、すぐに外に飛び出すのはエウレの役目だ。だが、今日は護霊官であるフィーデスもエウレに続いて扉の外へと出ていく。

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